1.ユニークな膜相互作用ペプチドを使った「細胞内」送達

(1)アルギニンペプチドを用いた細胞内送達法とその細胞内移行機序

近年、塩基性ペプチドの細胞膜透過能を利用して、タンパク質をはじめとした生理活性物質を細胞内に導入する手法が開発されました。細胞内に導入したい物質に、このようなペプチドを連結するだけで、効率よく細胞内に取り込まれることが示され、新たな細胞内送達法として注目されています。私達の研究グループでは、何故、このような塩基性ペプチドにより薬物が細胞内に効率よく取り込まれるのかに興味を持ち、その取込機序と細胞内送達への応用の両面から研究を進めています。

テキスト ボックス:

(i) 細胞内移行におけるアルギニンの重要性

膜透過性のアルギニンペプチドとして、最初に見つかったものはHIV-1(1型ヒト免疫不全ウイルス)のTatタンパク質由来の塩基性ペプチド(TATペプチド)でした。私達が研究を開始した時点では、この膜透過能はTATペプチドに固有のものと思われていましたが、私達のグループは種々の塩基性ペプチドの合成を通して、膜透過能がアルギニンに富む塩基性ペプチドに共通してみられることを世界に先駆けて報告しました(Futaki, JBC 2001; Suzuki JBC 2002; Futaki Biochemistry 2002)。この結果は、細胞内移行におけるアルギニン残基の重要性を示すとともに、様々な膜透過ペプチドが設計可能であることを示すものでした。

(ii)アルギニンペプチドの生理的取込様式

アルギニンペプチドの細胞内移行には細胞の飲食作用(エンドサイトーシス)を介する生理的取込と、細胞膜の直接透過による非生理的取込の二つの側面があり、条件に応じてこれらの関与する度合いが変わってきます。私達のグループは、この生理的取込には、マクロピノサイトーシスという特殊なエンドサイトーシスが関与することや、アルギニンペプチドと細胞表面のプロテオグリカン(硫酸化多糖)との相互作用がマクロピノサイトーシスの誘起に重要な役割を果たすことを見いだしています(Nakase, Mol. Ther. 2004; Nakase Biochemistry 2007)。最近では、光親和性標識の手法を用いて、マクロピノサイトーシスを誘導する受容体の存在に関しても検討を進めています(投稿中)。様々なウイルスの宿主細胞への感染にもマクロピノサイトーシスが関与することが明らかになってきており(Mercer, Nature Cell Biol. 2009)、この関連からもアルギニンペプチドの細胞内移行機序は興味を持たれています。

テキスト ボックス:

(iii)アルギニンペプチドの直接的な細胞膜透過

テキスト ボックス: 私達は、アルギニンペプチドに連結された分子の分子量が比較的小さい場合(数千~2、3万)に、条件を適切に設定することにより、これらの分子の多くは直接細胞膜を通過し、サイトゾルへと移行し得ることを示しています(Kosuge, Bioconjug Chem. 2008)。さらに、ピレンブチレートなどの対イオン分子を利用することで一層効率的な細胞内移行が達成されることを見いだしました(Takeuchi, ACS Chem. Biol. 2006)。たとえば、ラット海馬の初代培養細胞への遺伝子導入は一般に容易ではありませんが、この方法を用いて、緑色蛍光タンパク質(EGFP)を数分の間に導入することが出来ました(写真)。ピレンブチレートを用いる方法は、in vivoでの送達には適していない反面、化学修飾したタンパク質の細胞内導入などケミカルバイオロジー的応用に特に重要と考えられます。京都大学工学研究科の白川教授のグループとの共同研究で行ったin cell NMRの実験における15N標識ユビキチンの細胞内導入(Inomata, Nature 2009)などはこの好例と考えられます。

(iv)薬物送達への応用

私達は、関連分野の研究者との共同研究を交え、この方法の薬物や有用生理活性物質の細胞内送達への適用性に関しても検討を加えてきました。タンパク質や遺伝子の細胞内送達に加え、最近では、マウスを用いたin vivo実験でアルギニンペプチドのガンへの集積性に関しての興味深い結果が得られています(京都大学薬学研究科佐治研究室との共同研究。投稿中)。

(2)新規膜透過ペプチドのデザイン

上記のようにアルギニンペプチドは、非常に有用で、また学術的にも興味ある研究対象ですが、残念ながらオールマイティではなく、特に高分子量のタンパク質を高効率でサイトゾルに移送したい場合などには、更に効率のよい導入法の開発が必要です。私達は、アルギニンペプチドを用いた導入条件の改良を行うとともに、全く新しいアプローチでの細胞内送達法に関しても開発を進めています。