小分子を内包したフラーレンの有機合成

 フラーレンC60の内部は球状のπ電子系に取り囲まれた内径約3.7Aの特異な空間であり、H2, H2O, CO等の小分子が内包されるのに最適な大きさである。これまで、He, Ne等の希ガス、あるいはN, P単原子が極めて低収率(0.1-0.01%)で、極めて過酷な条件下でのみC60内部に挿入可能なことが知られているものの、これらの内包フラーレン類の単離精製は非常に困難であり、 物性研究はほとんどなされていない。また、金属イオンを内包したフラーレンは、多大な労力を伴う分離精製の後に微少量が得られており、内包金属イオンの動的挙動が調べ始められたところである。このように、フラーレンの内部空間に合理的にアクセスし、小分子を内部に導入する手法自体が欠如していたため、フラーレンの内部π電子系空間と小分子との相互作用に関する研究は全く未開拓である。 フラーレンのσ骨格を切断して開口部を設け、そこから任意の小分子を内部に導入する手法が開発されれば、これまでに未開拓であったフラーレンの内部π電子空間と小分子との相互作用に関する研究を遂行することが初めて可能となる。


Chem. Commun. 2008, 6083 (Feature Article).


 これまで私達はフラーレンの球状のσ骨格の変換反応について検討してきた。すなわち、硫黄原子を挿入して開口部を効果的に拡大したフラーレン誘導体の合成法を独自に開発し、この含硫黄開口部からフラーレン内部に水素分子を100%収率で導入することに成功している。さらに、水素分子を内包したままで、開口フラーレンのσ骨格ならびにπ電子系を元通りに復元することにより、水素分子を内包したC60の合成に世界に先駆けて成功している。加えて、本手法が代表的な高次フラーレンC70へも適用が可能であり、2個の水素分子がフラーレン骨格内部に内包された(H2)2@C70の合成をも達成している。


Chem. Eur. J. 2003, 9, 1600.
Science 2005, 307, 238.
J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 6702.


 当研究室では、小分子の可逆的な出入りが可能な開口C60ならびに開口C70、 さらにそれらの開口部を閉じた小分子内包C60ならびに小分子内包C70について、 特異なπ空間としてのフラーレン内部ならびにπ空間内部に完全に隔離された内包単分子の性質を解明し、 さらに内包された活性小分子による外側の三次元π電子系の物性制御を試みたい。