2007 年度
第1回 (5/18) 井上 孝徳(小野研、M2)
"Multi-Colour organic light-emitting displays by solution processing", C.D. Muller, et al., Nature. 421, 829 (2003).

強磁性体をマイクロストリップ上に加工し、バンドストップフィルターを作製し、その特性を評価した論文です。原理は非常に簡単で、磁性のどの教科書にも書かれている『強磁性共鳴』で説明することができます。利点としては、遮断される周波数が外部磁場によって制御することが可能であることが挙げられる。また、上記のバンドパスフィルター動作には常に外部磁場が必要であり、消費されるエネルギーが大きいことが欠点として挙げられる。参考文献として、外部磁場を必要としないバンドストップフィルターの提案とそのシミュレーションを行った論文も紹介します。

第1回 (5/18)島川 祐一 (島川研、教授)
"Giant thermoelectric Seebeck coefficient of a two-dimensional electron gas in SrTiO3", H. Ohta, et al., Nature Mater. 6,129 (2007).

SrTiO3を使って2次元電子ガスの状態を作り出すと大きなゼーベック係数が観測され、新しい熱電材料としての可能性が見い出されたことが報告されました。熱電材料については、昨年度に白木君が雑誌会で非常に丁寧に紹介してくれました。今回は前回のバルク材料とは異なるアプローチによるものです。SrTiO3は古くから知られている材料ですが、まだまだ面白い特性が次々と見つかっています。

第2回 (6/1)近藤 浩太(小野研、M2)
"Chiral magnetic order at surfaces driven by inversion asymmetry", M. Bode, et al., Nature 447. 190 (2007).

タングステン表面上にあるマンガンの単一原子層のスピンは、独自の回転方向をもつらせんパターンを作り出す。著者らは、このらせんパターンをスピン分極走査型トンネル顕微鏡法(SP-STM)で観察した結果、隣接するスピンは完全に反強磁性ではなくて少し傾斜しており、その結果、周期が約12 nmのスピン螺旋構造が生じることを明らかにしました。この論文を紹介しようと思います。

第3回 (6/15)小野 輝男 (小野研、教授)
"Towards woven logic from organic electronic fibres", M. Hamed, et al.,Nature Materi. 6, 357 (2007).

衣服用の繊維を伝導性ポリマーでコートして作った電気化学的トランジスターの論文。インバーター等のロジック回路が組めることも示している。服がコンピューターになる日も近い

第3回 (6/15)白木 宏 (島川研、M2)
"Charge, orbital and spin ordrin phenomena in the mixed vakence manganite (NaMn3+3)(Mn3+2Mn4+2)O12", A. Prodi, et al., Nature Mater. 3, 48 (2004).

ハーフドープマンガン酸化物A0.5A'0.5MnO3は負の巨大磁気抵抗を示すことから非常に注目を集めている。ところがこの構造ではイオン半径の異なるA及びA’イオンがランダムに配列しているため、局所的な歪が生じる。この歪により、Mnサイトの電荷、スピン、軌道状態が微妙に変化するので構造と物性の関係を厳密に議論することが難しい。ところがAサイトオーダーペロブスカイトNaMn3Mn4O12はAサイトにNaとMnがオーダーしているためBサイトのMnには局所的な歪は生じない。このことからこの物質はMn酸化物の電荷、スピン、軌道状態と物性の関係を議論するのに適していると言える。そこで当日はNaMn3Mn4O12の構造と物性について説明したいと思う。

第4回 (6/22)山田 啓介 (小野研、M2)
"Spin-torque oscillator using a perpendicular polarizer and a planar free layer", D. Houssameddine, et al., Nature Mater. 6, 447 (2007).

現在、スピン角運動量トランスファーを利用した高周波デバイス(発振器)が開発されている。スピン角運動量トランスファーは、スピン偏極電流がナノ磁性体を通過する際に起こる効果である。これまでのスピントランスファー発振器(STO)は、磁化が面内に向いた構造を持つデバイスであった。今回、垂直スピン偏極電流を用いた新しいSTOデバイスに関する論文を紹介する。フリー層の磁化は、垂直偏極電子からのスピントランスファートルクにより面直方向に歳差運動を起こす。このデバイスでは、面直方向磁化の歳差運動を利用することにより、小さな電流で高い周波数を得られることが特徴である。

第4回 (6/22)小松 寛 (島川研、M2)
"Tunnel junctions with multiferroic barriers", M. Gajek, et al., Nature Mater. 6, 296 (2007).

近年、固体物理的な興味と複合機能物質開発という両視点から、強誘電性かつ強磁性を示す “マルチフェロイック物質”の研究が活発化している。マルチフェロイック物質では、一方の自由度を他方の自由度を制御することで変化できるが、これを利用したスイッチング素子等や記録方式の開発、その機構について微視的レベルでの解明が求められている。本論文では、マルチフェロイック物質であるLa0.1Bi0.9MnO3薄膜をトンネル障壁に用いた磁気トンネル接合を作製し、スピンフィルタ効果と強誘電分極によるトンネル電流の調整により4通りの抵抗状態を得ることに成功した。

第5回 (7/6)玉田 芳紀 (小野研、D1)
"A 160-kilobit molecular electronic memory patterned at 1011 bits per square centimetre", J.E. Green, et al., Nature 445, 415 (2007).

2000年、アメリカはナノテクノロジー推進を国家戦略のひとつとして位置づけました。その発表演説の中で、クリントン大統領がエポックメーキングの象徴として取り上げたのが『国会図書館が収まる角砂糖』です。メモリの集積はどこまで可能でしょうか?ひとつの原子に1bitを記録することは可能でしょうか?それが無理ならば分子ではどうでしょうか? 今回紹介させていただく論文では「ロタキサン」という分子を用いて高密度メモリを作製することに成功しています。さらにこのメモリ作製過程では、我々の馴染み深い微細加工に代表されるトップダウンのアプローチと、分子の自己組織化というボトムアップのアプローチを融合した興味深い手法が用いられているのも特徴です。今回は試料作製の過程とその手法の背景を追うことによって、分子メモリの可能性と問題点 について考えてみたいと思っています。

第5回 (7/6)笠井 奈緒子(島川研、M2)
"Photosensitive gold-nanoparticle-embedded dielectric nanowier", M. Hu, et al., Nature Mater. 5, 102 (2006).

絶縁体中に金属ナノ粒子を埋め込んだコンポジット材料は、古くからステンドグラスや色ガラスとしてなじみの深いものである。近年、この金属ナノ粒子−絶縁体系は、可視光領域にある表面プラズモン共鳴波長において大きな非線形光学感受率を有することが見出され、さらにその超高速の応答速度が見つけられたことから注目を浴びており、光スイッチングデバイス等への応用が期待されている。また、金属ナノ粒子の一次元鎖は、ナノサイズの微粒子の列を光が伝搬することが示されており、ナノ光回路を作製する際の一つのキー技術と考えられている。本論文は、金ナノ粒子の一次元鎖を内包したシリカナノワイヤーをマイクロリアクターで作製し、その光学特性を評価したものである。

第6回 (7/13)葛西 真哉(小野研、助教)
"Bose-Einstein condensation of quasi-equilibrium magnons at room temperature under pumping", S.O. Demokritov, et al., Nature 443, 430 (2006).

Bose-Einstein凝縮(BEC)は、量子力学が予測した最も興味深い現象の1つである。この凝縮は、整数角運動量をもつ同一粒子(Boson)から成る集団量子状態において、粒子密度がある臨界値を超えると形成される。BECは、温度を下げるか、あるいはBoson密度を高くするかのどちらかによって実現できる。クーパー対の形成による超伝導発現や4He超流動などは、BECが起源であると考えられている。近年、レーザー冷却によってRb, Naなどの原子気体がBECを生じることが実験的に確認されてから、多くの系でBECの観測が試みられている。しかし、いずれの実験も低温で行われている。一方、Bosonの準平衡系では、比較的高い温度でもBECが起こると予測されている。本論文は準平衡Magnon気体において、室温でMagnonのBECを観測することに実験的に成功したことを報告するものである。

第7回 (7/27)井上 暁(島川研、M1)
"Effect of intrinsic stress from a nanoscale high-dielectric constant gate oxide on strain in a transistor channel", H. Wang, et al., Appl. Phys. Lett, 91, 012019 (2007).

電界効果トランジスタにおいてチャンネルにかかる歪みをコントロールする為に、ゲートに使用される誘電体を直接ストレサーとして用いることを提案する。実験でのパラメータを用い、チャンネルにかかる歪みを有限要素法を用いて解析した。解析結果から、ゲートによって移動度の25%の増加に対応する、 0.2%の歪みを誘起し得ることが示される。適切な誘電体の蒸着条件及び、寸法を最適化することによって、性能が向上することを予見する。また、この方法は、局所的な歪みを生成する既存の方法と併用可能である。

第7回 (7/27)堀川 武則(島川研、M1)
"Metallic Spin-Liquid Behavior of the Geometrically Frustrated Kondo Lattice Pr2Ir2O7", S. Nakatsuji, et al., Phys. Rev. Lett. 96, 087204 (2006).

磁性体は温度をさげると、強磁性か反強磁性を示す。これは、交換相互作用のためにスピンが平行または反平行になることで安定化するためである。ところが、構造上の制約のために低温においてこのような秩序化が阻害され、新しい物性をしめす状態(スピン液体相)が、近年注目を浴びている。絶縁体のスピン液体は従来発見されていたが、本論文では、近藤効果をともなう金属のスピン液体を報告されている。

第8回 (10/5)中村 秀司(小野研、M2)
"Direct electronic measurement of the spin Hall effect", S.O. Valenzuela, et al., Nature 442, 176 (2006).

電子の電荷に基づいたエレクトロニクスにかわって、スピンを用いたスピントロニクスという分野が注目されて久しい。このスピントロニクスにおいてはスピン分極した電子の生成、制御が不可欠である。今回、私は『スピンホール効果』の論文を紹介する。このスピンホール効果は、試料に電場を印加すると電場と垂直方向にスピン流が生成される現象である。この現象は、応用面だけでなくその発現機構についても近年注目を浴びており非常に興味深い対象である。当日は、スピンホール効果の仕組みについて簡単に説明し、このスピンホール効果を個体素子中で電気的に測定したという論文を紹介する。

第8回 (10/5)笠井 奈緒子(島川研、M2)
"Virus-Enabled Synthesis and Assembly of Nanowire for Lithium Ion Battery Electrodes", K.T. Nam, et al., Sience 312, 885(2006).

充電可能な固体電池は、様々な用途に使える魅力的な電源と考えられてきた。特に、リチウムイオン電池は、携帯型電子機器に適した技術として台頭してきている。この電池の問題の1つは、放電‐充電サイクルを数多く繰り返しても電極が劣化しないようにする事である。最近、遷移金属酸化物ナノ粒子から成る電極が700 mAh /gという電気化学容量を持ち、この容量が100サイクルまで100 %保たれ、充電速度も速い事が報告された。Liの反応機構は古典的なLiの挿入/脱離過程とは異なっており、Li2Oの形成/分解がそれぞれ、遷移金属酸化物ナノ粒子の酸化/還元に伴って起こるという。本論文は、遷移金属酸化物(Co3O4)ナノ粒子で自らを覆うように育てられたウイルスが作り出すシートを、リチウムイオン電池の電極として使えるかどうかを調べたものである。

第9回 (10/19)小松 寛(島川研、M2)
"Room-Temperature Ferroelectricity and Gigantic Dielectric Susceptibility on Supramolecular Architecture of Phenazine and Deuterated Chloranilic Acid", S. Horiuchi, et al., J. Am. Chem. Soc. 127, 5010 (2005).

強誘電体はキャパシターへの応用に加え、不揮発性メモリーや圧電素子、電界効果トランジスタの絶縁体といったエレクトロニクス材料など、多様な応用・実用例やその可能性を持っている。こうした有用な機能を軽量・フレキシブルな有機材料として実現する上で、有機の強誘電体材料は重要である。本論文では、二種類のπ電子系低分子を強い水素結合で結合させた分子化合物(共晶)という、新たなアプローチにより有機強誘電体材料を開発し、水素結合を重水素で置換することにより常温常圧で強誘電性を発現させた。

第9回 (10/19)近藤 浩太(小野研、M1)
"Effect of Optical Spin Injection on Ferromagnetically Coupled Mn Spins in the III-V Magnetic Alloy Semiconductor (Ga,Mn)As", A. Oiwa, et al., Phys. Rev. B 69, 033203 (2004).
"Dynamics of photoinduced magnetization rotation in ferromagnetic semiconductor p-(Ga,Mn)As", Y. Mitsumori, et al., Phys. Rev. Lett. 88, 13 (2002).

今回のトピックスは磁性半導体スピントロニクスです。光によるスピン注入によって磁化を制御することを目的とした研究を紹介します。磁性半導体に(Ga Mn)Asを用い, 光照射により, 大きな磁化生成を観測した論文とそのダイナミクスをポンプ-プローブ法によって探っている論文を紹介します。果たして, 光で磁化は制御できるのか?

第10回 (11/2)白木 宏(島川研、M2)
"Size-selective growth of double-walled carbon nanotube forests from engineered iron catalysts", T. Yamada, et al., Nature Nanotech. 1, 131 (2006).

現在、携帯電話やパソコン、薄型テレビなど、あらゆる方面において薄型ディスプレイの需要が高まっている。中でも液晶やプラズマが薄型ディスプレイとして有名であるが、近年FED(Field Emission Display:電界放出型ディスプレイ)と呼ばれるディスプレイが、消費電力が非常に低いことなどから非常に注目を集めている。このFEDに用いる材料としてチューブが二重に重なった二層カーボンナノチューブが有用であると言われているが、これまで実用化に耐えるようなものができなかった。ところが、本論文においてその合成手法が確立されたことにより、FEDの実用化に向けて大きな一歩を踏み出したと言える。

第10回 (11/2)東 正樹(島川研、准教授)
"Spontaneous Formation of Vanadium "Molecules" in a Geometrically Frustrated Crystal: AlV2O4", Y. Horibe, et al., Phys. Rev. Lett. 96 086406 (2006).
"Orbital Ordering and Magnetic Field Effect in MnV2O4", T. Suzuki, et al., Phys. Rev. Lett. 98 127203 (2007).

サイトあたり半整数の電荷を持つ化合物は、しばしば電荷秩序をおこし、絶縁体化する。また、軌道の数よりも電子の数が少ない系においては、ある軌道が選択的に占有される、軌道秩序が同時に観測されることもある。こうした秩序状態は格子と結合し、結晶構造の変化を伴うほか、ダイマーやトライマーの形成で、磁気的基底状態をも大きく変化させる。今回は、バナジウムスピネルにおいて、7量体が形成される電荷秩序、そして磁歪を引き起こす軌道秩序の研究例を紹介する。

第11回 (11/9)小林 研介(小野研、准教授)
"Cavity cooling of a microlever", C.H. Metzger, et al., Nature 432 1002 (2004).

「光で冷やす」光を照射することにより物質を冷却する技術としては、レーザーによる気体原子のドップラー冷却が有名です。しかし、最近になって、バルク物質(例えばシリコン小片など)をレーザー照射によって冷やす技術の研究が進んできました。2006年には、レーザー照射によって、室温から135mKまで冷却した実験も報告されました。雑誌会では、その嚆矢となった2004年の論文を紹介し、その後のいくつかの発展について紹介します。

第11回 (11/9)河合 正徳(島川研、D1)
"Giant sharp and persistent converse magnetoelectric effects in multiferroic epitaxial heterostructures", W. Eerenstein, et al., Nature mater. 6, 348 (2007).

物質に磁場を印加すると電気分極が変化し電場を印加すると磁化が変化する、いわゆるME(Magnetoelectric)効果は、磁気センサやメモリーなどへの応用が期待される重要な現象である。ME効果を発現する系は、単相においてスピンと分極がカップリングしているものと、磁歪物質と圧電体を組み合わせ間接的にカップリングさせた系に大別でき、特に後者は大きなME効果を発現する。本論文は、強誘電体であるBaTiO3(BT)基板上に強磁性体であるLa0.67Sr0.33MnO3 (LSMO)をエピ成長させ、電界印加に伴うBT基板のドメイン変化によりLSMO薄膜に歪みを導入させ、巨大かつシャープなME効果を発現させたというものである。ヘテロエピ界面における格子歪みを積極的に利用した例といえる。

第12回 (11/16)谷川 博信(小野研、D2)
"Magnetic exchange force microscopy with atomic resolution", U. Kaiser, et al., Nature 446, 522 (2007).

私たちが普段実験で用いる原子間力顕微鏡(AFM)の水平分解能は、せいぜい1 nmである。数年前から、走査型顕微鏡を用いて原子スケールの範囲で物質を観察する技術が発展してきているが、典型的なものではSTMが挙げられる。しかしSTMでの観察には、対象となる物質の伝導度を気にする必要があり、万物に対して対応できる手法ではない。今回紹介する論文は、基本AFMの原理に基づくもので、観察する材料は基本的にオールマイティーであると考えられる。また同時に、原子レベルでのスピンから生まれる相互作用までも測定可能な部分で以前の報告(同じくAFMで観察した結果)に比べて秀でていると言える。実験としては、磁気交換力顕微鏡(MExFM)によって反強磁性NiO表面の観察を行っている。探針に磁性材料をつけることで、反強磁性の交換力までをも検出している箇所は素晴らしい。

第13回 (11/22)井上 孝徳(小野研、M2)
"Structural basis for the fast phase change of Ge2Sb2Te5: Ring statisticsanalogy between the crystal and amorphous states", S. Kohara, et al., Appl. Phys. Lett 89, 201910 (2006).

書き換え可能な光記憶Mediaは、最も汎用されているMediaの一つである。特に、最も研究されたのが相変化Mediaであり、CDやDVDおよびBDなどが商品化されている。これらの商品の組成はGeSbTe系が主であり、組成を変えることで望ましい物性が出ないか盛んに研究がなされてきた。しかし、その物性を示す重要因子について原子レベルではこれまで明らかにされていなかった。筆者らは、Spring-8の高エネルギーX線回折により、Ge2Sb2Te5とGeTeにおける構造と相変化速度の関係を解明しようと試み、詳細な解析を行なったという報告があったので紹介する。

第13回 (11/22)山田 啓介(小野研、M2)
"Cross-sectional imaging of spin injection into a semiconductor", P. Kotissek, et al., Nature Physics 10, 734 (2007).

電子のスピン角運動量を伴った電子輸送現象は、スピントロニクスの基礎となっている。スピントロニクスのデバイスとして、DattaとDasによりスピンFETの概念が提案されたが、現段階までにデバイスとしての成功例はない。実現に向けてのキーポイントとしては強磁性体(電極)から半導体(チャンネル)へのスピン注入が重要になる。強磁性金属からGaAsへのスピン注入はすでに実験的に成し遂げられている。しかし、スピン注入の検出には磁場が必要であり、また半導体中のスピン偏極についての情報は限られている。今回、強磁性体からGaAsへのスピン注入を試料の断面から観測する方法を用いた論文を紹介する。断面から観察する方法を用いることにより、強磁性電極から半導体へのスピン偏極電子が注入、蓄積されている現象を直接確認することができた。

第14回 (11/30)西村 浩輔(島川研、D2)
"Kagome Ice State in the Dipolar Spin Ice Dy2Ti2O7", Y. Tabata, et al., Phys. Rev. Lett. 97, 257205 (2006).

パイロクロア化合物(A2B2O7)は、磁気スピンが正四面体の頂点に位置して立体的に繋がっており、三次元的な幾何学フラストレーションを示す物質として盛んに研究されています。Ho2Ti2O7やDy2Ti2O7は、基底状態のスピン配列に巨視的な縮退が残ると言われ、スピンアイス状態と名づけられて注目されています。本論文では、ある結晶軸方向に磁場を印加した場合に新たに現れた縮退状態を中性子回折によって確かめています。

第14回 (11/30)山内 祥晃(小野研、D1)
"The Kondo Effect in the Unitary Limit", W.G. van der Wiel, et al., Science 289, 2105 (2000).

半導体量子ドットは、ポテンシャル障壁を用いて電子を局所領域に閉じ込めたものであり、ドット中の電子数を1個ずつ制御することが可能である。この性質を最大限に利用した実験として量子ドットにおける近藤効果の実験がある。近藤効果は、一般に磁性不純物を少量含んだ金属の電気抵抗が、温度を下げてゆくとある温度で極小値を取り、それ以下の温度では上昇に転じるという現象として知られている。一方で量子ドットを用いた近藤効果の実験では、電気伝導度がある温度で極小値をとり、それ以下の温度で上昇に転じるという現象が見られる。今回は両者の違いを簡単に述べると共に、量子ドットでの近藤効果測定において、電気伝導度の極限(ユニタリ極限)を測定したいう報告を紹介する。

第15回 (12/14)橋坂 昌幸(小野研、D2)
"Standards of Time and Frequency at the Outset of the 21st Century", S.A. Dibbams, et al., Science 306, 1318 (2004).

"1秒"をどうやって定義するか、という問題は、人類の歴史がはじまって以来、科学の中心的な位置を占め続けてきた最重要の問題の一つです。より高安定度・高確度な"時計"を実現するために、世界では日夜、活発に研究が行われています。紹介する文献は"時計"の歴史や現代の"時計"の原理を分かりやすく解説しているものです。

第15回 (12/14)井上 暁(島川研、M1)
"Origin of Charge Density at LaAlO3 on SrTiO3 Heterointerfaces: Possibility of Intrinsic Doping", W. Siemons, et al., Phys. Rev. Lett. 98, 196802 (2007).

大友、Hwangによって、ともにバンド絶縁体である、LaAlO3/SrTiO3Hetero接合面が高い移動度及び、10^17cm^-2もの電荷密度を示すことが発見された(2004)。ここでは、低酸素圧で蒸着した試料をアニールすることでキャリア密度が低い方で飽和することを示す。更に、高移動度を説明するためのモデルを提案する。

第16回 (12/18)Michael Delmo(小野研、M2)
"The shape of a Mobius strip", E.L. Starostin, et al., Nature Mater. 6, 563 (2007).

メビウスの帯の1つの面だけでできた不思議な形状はお馴染みである。しかし、平衡状態におけるメビウスの帯の正確な形を数学的に予測することがどれほど難しいかはおそらくほとんど知られていない。この問題は、1930年にM Sadowskyによって最初に提案されたが、いまだに解決されていない。この問題を解決するため、E StarostinとG Heijdenはいわゆるinvariant variational bicomplex formalismを使用して、大きく変形した際に曲がることがあっても伸びることがないシートの平衡状態を説明する式を導き出した。彼らはこれらの式を使用して、幅および長さの異なるシートを曲げてメビウスの帯を形成した場合に発生する構造を数値的にシミュレートした。StarostinとHeijdenの方法は、未解決の数学的問題の解決法となるだけでなく、紙をくしゃくしゃにしたり織物を掛けたりしたときに生ずる3次元形状を解明するのに有用となるかもしれない。

第17回 (1/24)小山 知弘(小野研、M1)
"Observation of the optical spin Hall effect", C. Leyder, et al., Nature Phys. 3, 628 (2007).

35年前にDyakonovとPerelにより予言されて以来、スピンホール効果は理論と実験の両面で精力的に研究されており、スピントロニクスにおける最も注目すべき効果の一つとされている。しかし、その観測は非常に困難である。近年、半導体微小共振器にレーザーを照射して励起された、スピン偏極した励起子ポラリトンによりスピン流が生成される現象(optical spin hall effect)が提唱された。本論文では、GaAs/AlGaAs微小共振機中で100 μmのスピン流を伝播させ、optical spin halleffectの実験的検証に初めて成功したことが報告されている。

第17回 (1/24)齊藤 高志(旧 高野研、助教)
"The Hydride Anion in an Extended Transition Metal Oxide Array: LaSrCoO3H0.7", M.A. Hayward, et al., Science 295, 1882 (2002).

遷移金属酸化物の酸化物イオンの一部を他の陰イオンで置換することによりその構造・物性を制御する試みは古くから行われてきたが、本論文は酸化物イオンのハライドイオン(H-)による置換を報告したものである。ハライドイオンは還元力が極めて高いため通常酸化物中に取り込まれることはないが、LaSrCoO4とCaH2を反応させることによって酸化物イオンの一部をH-で置き換えたLaSrCoO3H0.7を合成し、その結晶構造と磁性を報告している。CaH2などの金属水素化物を用いたその他の化合物合成についても併せて紹介する。