2010 年度
第1回 (5/14)近藤 浩太(小野研、D3)
"Bias-driven high-power microwave emission from MgO-based tunnel magnetoresistance devices", A. M. Deac,et al., Nature Physics 4, 803 (2008).

スピントルクオシレータは2003年に実験的に初めて観測されて以来、ナノサイズのマイクロ波発振器として多くの研究者の興味を集めてきました。しかしナノサイズの磁化の運動による発振器なのでその出力が非常に小さなことが問題とされてきました。今回、「MgOベースのトンネル磁気抵抗素子を用いて, 応用に必要とされるuWオーダーの高出力を実現した」という論文を紹介しようと思います。

第1回 (5/14)大西 希(島川研、M2)
"Cupric oxide as an induced-multiferroic with high-Tc", T. KIMURA,et al., Nature Mater. 7, 291 (2008).

近年、磁性と誘電性が強く相互作用した物質は「マルチフェロイクス(multiferroics)」と呼ばれ、その研究は急速な発展をみせています。この物質系を用いると、磁化と電気分極を利用した多値メモリ材料への応用や、「磁場による電気分極の制御」「電場による磁化の制御」といった、単なる強磁性体や強誘電体では期待できない物理現象が可能となり、基礎及び応用の両面から注目を集めています。著者らは、高温動作のマルチフェロイクス創製へのアプローチとして、らせん磁気秩序構造をもつ低次元銅酸化物に着目し、酸化銅(U)CuOが強誘電転移温度230 Kという従来にない高温で動作する磁気秩序誘起型の強誘電性を示すことを見出しました。

第2回 (5/21)山田 啓介(小野研、D3)
"Direct measurement of antiferromagnetic domain fluctuations", O. G. Shpyrko,et al., Nature 447, 68 (2007).

磁性体における磁区の研究は近年盛んに行われていて、特にスピントロニクスデバイスとして磁区制御に関する研究が現在盛んに行われている。対照的に、反強磁性体の磁区に関する研究はあまり注目されてこなかった。今回紹介する論文では、コヒーレントなX線回折を用いて、Crの反強磁性に伴うスピン密度波(SDW)と電荷密度波(CDW)のナノメートルスケールの超構造の揺らぎを直接測定した結果を報告する。

第2回 (5/21)境口 綾(島川研、M2)
"Electronic Tuning of Two Metals and Colossal Magnetoresistances in EuWO1+xN2-x Perovskites", M. Yangv,et al., J. AM. CHEM. SOC. 132, 4822 (2010).

ペロブスカイト酸窒化物EuWO1+xN2-x は巨大磁気抵抗を示し、電子状態の多様性をもつ。またx<0はEu 4fバンドへのホールドープに相当し、x>0はW 5dバンドへの電子ドープに相当するため、O/N比によりホールと電子のドープ量を調整することができる。この物質を-0.16≦x≦0.46の広い組成範囲で調べることで、ホールと電子での磁気輸送のメカニズムをそれぞれ解明した。

第3回 (5/28)中村 秀司(小野研、D3)
"Measurement of the charge and current of magnetic monopoles in spin ice", S. T. Bramwell,et al., Nature 461, 956 (2009).

電気や磁気は多くの科学者の関心を集めてきた。古典電磁気学の諸法則は、クーロン、ボルタ、アンペール、オーム、ファラデー、ガウスなどの科学者によって発見され1864年にマクスウェルによって有名な4つの式にまとめられた。モノポールの存在はマクスウェル方程式の対称性から予想され、1931年ディラックは量子力学とモノポール(磁気単極子)の無矛盾性を示した。これまでにモノポールを検出すべく様々な実験が行われ、実際にモノポールを検出できたという報告もなされている。しかし現在でもその存在を含めて議論が続いている。今回はパイロクロア格子を持つDy2Ti2O7を用いてこのモノポールを測定したという論文を紹介する。

第3回 (5/28)遠山 武範(島川研、D1)
"Ferroelectricity from iron valence ordering in the charge-frustrated system LuFe2O4", N. Ikeda,et al., Nature 436, 1136 (2005).

2000年には、RFe2O4(Rはランタノイドイオン)が室温以上で強誘電性を示すことが報告されていた。この強誘電発現のメカニズムは、BaTiO3やPbTiO3で見られるようなカチオンとアニオンの重心の相対的なズレによるものではなく、幾何学的にフラストレートしたFe2+とFe3+が結晶内で整列することによるものであることが示唆されていた(電荷移動型強誘電体)。 しかしながら、Fe2+とFe3+の秩序配列を確かめる手法はなかった。本論文は、LuFe2O4に対してX線共鳴散乱という手法を用いることで、結晶内でFe2+とFe3+が整列していることを明らかにした論文である。

第4回 (6/4)上田 浩平(小野研、M2)
"Non-adiabatic spin-torques in narrow magnetic domain walls", C. Burrowes,et al., Nature Phys. 6, 17 (2010).

強磁性体における磁壁電流駆動研究は盛んに行われてきた。しかし、その電流駆動メカニズムはまだ不完全で、その物理機構の解明に興味が集まっている。その中で、non adiabatic spin transfer機構の要素であるβ項(磁化ダイナミクスにおいて重要な鍵)は議論の的になっている。本論文では、電流印加によるアレニウス則の変化から、垂直磁化容易軸を持つCo/Ni多層膜とFePt膜のβ項を決定したことを報告しています。

第4回 (6/4)山田 隆太(島川研、M2)
"Strontium-Doped Perovskites Rival Platinum Catalysts for Treating NOx in Simulated Diesel Exhaust", Chang Hwan Kim,et al., Science 327, 1624 (2010).

ディーゼルエンジンは燃費効率がいいが、希薄NOx後処理触媒は高コストで熱に弱いという2つの問題がある。Sr-doped ペロブスカイト酸化物は、ディーゼル酸化(DOC)と希薄NOx trap(LNT)触媒中のPtの代用となることがわかった。実際のディーゼル排 気条件下で、モノリス基質上にコートしたLa1-xSrxCoO3触媒は、製品化されているPt-based DOC触媒よりも、NO-to-NO2反応において高い触媒活性を示した。同様にLa0.9Sr0.1MnO3-based LNT触媒はPt-basedのものよりも高いNOx還元性を示した。これにより、かなり安価にディーゼル排気後処理システムができるかもしれないと述べている。

第5回 (6/11)中村 嘉孝(島川研、D3)
"Switchable Ferroelectric Diode and Photovoltaic Effect in BiFeO3", T. Choi,et al., Science, 324, 63 (2009).

ダイオードに見られる整流作用は、現在の電子機器には欠かせないものであり、そのような性質はp-n 接合やショットキー障壁をもつ金属/半導体界面で見られる。本論文では、強誘電性を示すBiFeO3 において、分極の向きによって整流作用のスイッチングが見られたことを報告する。BiFeO3 単結晶の電気伝導特性は非線形な整流作用を示し、この整流作用は分極の向きによって制御可能であることを見出した。そして、このような整流作用をもつBiFeO3 に可視光を照射すると光起電力効果が観測された。これらの結果はバンドギャップが狭く、リークの多い強誘電体の電気伝導メカニズムの解明や強誘電性・電気伝導性・光学的性質を併せ持つ可変デバイスの設計に寄与するだろう。

第5回 (6/11)荒川 智紀(小野研、M2)
"Positive noise cross-correlation in hybrid superconducting and normal-metal three-terminal devices", J. Wei,et al., Nature Phys., advance online publication (2010).

非局所エンタングルメントは量子情報などの分野において重要な要素である。光子についてはエンタングルメントは実証されているが、電子では実証が困難である。電子についてエンタングルメントを実証する1つの手段として、超電導体においてスピン一重項状態となったクーパーペアを分離する方法が考えられている。著者らは超電導物質に2つのノーマル金属のコンタクトをとり、クーパーペアが分離してそれぞれ異なるコンタクトに分かれていく現象を観測した。具体的には負の非局所抵抗と、2つのコンタクトを流れる電流の正の電流相関の両方を測定した。これまで に両方ともを観測した例はなく、この成果によってクーパーペアを用いたエンタングルメントの検出に大きく貢献すると考えられる。

第6回 (7/2)小林 研介(小野研、准教授)
"A quantum gas microscope for detecting single atoms in a Hubbard-regime optical lattice", W. S. Bakr,et al., Nature, 462, 74 (2009).

量子系についての微視的研究と巨視的研究の間のギャップを埋める、新しい量子気体顕微鏡が開発された。この量子気体顕微鏡は、高分解能の光画像化法を使って、ホログラフィーによって生成された光格子に保持された単一原子を検出する。原子間隔がたった640ナノメートルの光格子に閉じ込められた単一ルビジウム原子を画像化することで、この方法がもつ能力が実証された。この方法によって、凝縮物質系の量子シミュレーションが容易となり、極低温原子を使った大規模量子情報系のアドレス指定と読み出しへの応用が可能になるだろう。

第6回 (7/2)滕 永紅(島川研、PD)
"Identification of active Zr-WOx clusters on a ZrO2 support for solid acid catalysts", W. Zhou,et al., Nature chem., 1, 722 (2009).

WOx /ZrO2(WOx を担持したZrO2)は低級アルカンの異性化(例えば、ハイオクガソリンの製造など)に使う触媒である。触媒活性サイトについて幾つかの構造モデルは提唱されたが、担持されているWOxspeciesについてダイレクトな構造観察情報は得られていない。本論文は初めて各種 WOx speciesのHigh-angle annular dark-field (HAADF)像観察を行った。高活性、低活性 サンプルを比較した結果、0.8〜1nmの(Zr-WOx)クラスターが活性サイトであることを確認した。この情報を用い、低活性サンプルの(Zr-WOx)クラスター量を増やした結果、触媒活性が向上された。今回は直観的結果を報告する論文を通じて、触媒のことを分かりやすく説明する。

第7回 (7/9)小野 輝男(小野研、教授)
"Real-space observation of a two-dimensional skyrmion crystal", X. Z. Yu,et al., Nature, 465, 901 (2010).

スカーミオンは、粒子のような特性をもつ安定なトポロジカルな構造であり、もともとは核子を記述するために作られた数学的概念である。昨年、MnSiとFe1-xCoxSiにスカーミオンが存在することが、中性子散乱実験で確認された。今回、著者たちはローレンツ顕微鏡を用いて、Fe1-xCoxSiで二次元スカーミオン格子の実空間像を得ることに成功した。二次元スカーミオン格子は、三次元スカーミオン格子に比べて、幅広い温度・磁場領域にわたって安定であることが示された。スカーミオンのような非一様スピン構造を持つ磁性体ではトポロジカルホール効果などが理論的に予測されており、今後の展開が楽しみである。

第7回 (7/9)陳 威廷(島川研、PD)
"A cubic-anvil high-pressure device for pulsed neutron powder diffraction", J. Abe,et al., Rev. Sci. Instrum., 81, 043910 (2010).

The high pressure research has developed into an interdisciplinary field which has important applications in different areas such as physics, chemistry, materials science, and etc. The research may be roughly grouped into two main categories: (a) to discover new materials which can be stabilised under high pressure; and (b) to study the properties of matter using pressure as a physical variable. A palm-size cubic-anvil apparatus has been developed to realise property studies at low temperature under high pressure. Such device was applied to in situ neutron powder diffraction measurements at Japan Proton Accelerator Research Complex (J-PARC). The current status of diffraction instruments in J-PARC will also be briefly introduced.

第8回 (7/16)齊藤 高志(島川研、助教)
"Preparation of Sr7Mn4O13F12 by the topotactic reduction and subsequent fluorination of Sr7Mn4O15", Ian Saratovsky,et al., Inorg. Chemistry, 47, 5212 (2008).

金属酸化物の合成では通常、有機分子の合成とは異なって出発原料の骨格構造を保持したまま(topotacticに)反応が進むことは珍しい。しかし近年、CaH2を使った topotacticな還元反応が報告され、無限枚構造を持ったLaNiO2やSrFeO2やス梯子構造を持つSr3Fe2O5等が合成されている。本論文では、topotacticな還元反応とそれに続くtopotacticな酸化反応を利用した新物質合成について報告している。このような合成手法は、通常の固相反応では得られない準安定物質の合成に有効である。

第8回 (7/16)中野 邦裕(小野研、D2)
"Direct observation of magnetic depth profiles of thin Fe films on Cu (100) and Ni/Cu (100) with the depth-resolved x-ray magnetic circular dichroism",
K. Amemiya,et al., Appl. Phys. Lett., 84, 936 (2004).

実験において、測定手法を吟味することはとても大切なことである。何を使って何を検出することで一体何がわかるのか。今回は、磁化状態の検出手法としてよく知られているXMCD顕微鏡を改良し、薄膜の深さ方向の磁化情報を検出可能にした論文について紹介する。筆者らは電子の脱出深さを利用して、深さ方向の分解能を持たせることに成功した。

第9回 (7/23)菅 大介(島川研、助教)
"A Ferroelectric Oxide Made Directly on Silicon", Maitri P. Warusawithana,et al., Science, 324, 367 (2009).

本論文はSi基板上に直接強誘電性を示す酸化物の作製に成功したことを報告したものです。バルクの状態では量子常誘電体であるSrTiO3をSi基板上にエピタキシャル成長させ、ストレイン下にあるSrTiO3(STO)層が強誘電性を示すことを実験的に実証しています。この結果は強誘電性という機能性を、シリコンと酸化シリコンという組み合わせを基本とした既存のエレクトロニクス素子に融合できる可能性を提案するものです。

第9回 (7/23)知田 健作(小野研、D1)
"Superconductivity in alkali-metal-doped picene", Ryoji Mitsuhashi, et al., Nature, 464, 76 (2010).

1991年にHebardらによりK3C60の18 Kにおける超伝導転移が観測されて以降、化学ドーピングによる有機超伝導体の合成は大きな注目を浴びています。芳香族炭化水素ではアルカリドープペンタセンにおいて金属転移が観測されていますが、超伝導の実現には至っていません。今回紹介する論文は、アルカリ金属ドープされたピセンにおいて芳香族炭化水素で初めての超伝導転移を観測したというものです。しかも、その超伝導転移温度(Tc) は20 Kを誇り、有機物では世界最高です。

第10回 (8/6)青山 千尋(島川研、M1)
"Topotactic Oxidative and Reductive Control of the Structures and Properties of Layered Manganese Oxychalcogenides", Geoffrey Hyett, et al., J. Am. Chem. Soc., 129, 11192 (2007).

層状酸カルコゲニドであるSr4Mn3O7.5Cu2Ch2(Ch=S,Se)は酸化と還元の両方ができる稀なペロブスカイト化合物です。本論文では、単一母物質からもとの骨格構造を保ったまま(トポタクティックに)酸化・還元反応に成功し、構造変化とそれに敏感な物性の変化を示しています。このような柔軟性は触媒や電解質の分野での応用が期待されます。

第10回 (8/6)関 隼人(島川研、M1)
"Giant negative thermal expansion in Ge-doped anti-perovskite manese nitrides", K.Takenaka and H.Takagi, Appl. Phys. Lett., 87, 26190 (2005).
"Zero thermal expansion in a pure-form antiperovskite manganese nitride", K.Takenaka and H.Takagi, Appl. Phys. Lett., 94, 131904 (2009).

本論文は磁気体積効果により、負の熱膨張を示すことが知られているマンガン窒化物に、Geをドープして体積膨張の変化を調べたものである。この結果、従来のものと比べて大きな負の熱膨張を示すものと、温度変化により体積の変化が少ないゼロ膨張を観察することができた。マンガン窒化物には他の素材にはない利点が多くあり、今後の応用が期待されている。

第10回 (8/6)平井 慧(島川研、M1)
"High-temperature interface superconductivity between metallic and insulating copper oxides", Gozar, A., et al., Nature, 455, 782 (2008).

高い超伝導転移温度(Tc)や高い臨界磁場(Hc)の値をもつ超伝導体はエネルギー貯蔵、電磁石、コンピュータなどへの応用が期待されています。 本論文はもともと超伝導を示さない二層の金属酸化物薄膜が超伝導を示したことを報告したものです。絶縁体であるLa2CuO4と金属であるLa1.55Sr0.45CuO4の二層の薄膜を単位格子スケールで作製して、この二層の薄膜が超伝導を示すことを実験的に実証し、それが界面の効果であることを明らかにしています。メカニズムまでは解明できていませんが、解明できればさらに高いTcをもつ物質探索の手がかりになるかもしれないと述べています。

第11回 (10/8)田辺 賢士(小野研、D1)
"Emergence of the persistent spin helix in semiconductor quantum wells", J. D. Koraleket al., Nature 458 610 (2009).

スピントロニクスは電荷だけでなくスピンにも注目した分野である。スピンが電荷と最も異なっている点は保存量でない点にある。スピン は方向によって決められる量であるために、スピンがばらばらな方向を向くと情報が失われたことに相当する(スピン緩和)。 今回紹介する論文はスピン軌道相互作用を用いることでスピン緩和の減少に成功したことを報告するものである。特にスピンがらせん構造 状態になっていることから永久スピン螺旋(persistent spin helix)と名付けられている。

第11回 (10/8)山田 隆太(島川研、M2)
"Simultaneous phase and size control of up conversion nanocrystals through lanthanide doping", Feng Wang, et al., Nature 463 1061(2010).

ナノ粒子の合成は近年進歩しているにもかかわらず、赤外励起で強いアップコンバージョン発光をする小さなナノ粒子(sub-20 nm)の合成は これまでずっと困難であった。ナノ粒子の結晶化をコ ントロールする従来の技術は、溶媒の性質、温度、反応時間、金属の前駆体濃度などを厳密に設定しなければならなかった。しかしNaYF4に 希土類イオンをドープすることにより、アップコンバージョン発光する粒子の相とサイズを同時にコントロールできることがわかった。

第12回 (10/15)松本 和也(島川研、D1)
"A strong ferroelectric ferromagnet created by means of spin lattice coupling", June Hyuk Lee et al., Nature 466 954(2010).

強誘電と強磁性の特性を併せ持つマルチフェロイックは、エレクトロニクス・基礎研究のどちらの視点からも非常に興味深いため盛んに研究が行われています。しかし、そのような特性を示す物質は多くはありません。本論文では、バルクでは強誘電性も強磁性も持たないEuTiO3という物質に、基板からの格子歪みを加えることによって強誘電・強磁性を発現させることに成功しています。これは、単一の実験パラメーターである格子歪みによる新たな物性発現・物性制御の可能性を示すものであり、非常に興味深いものであると言えます。

第12回 (10/15)荒川 智紀(小野研、M2)
"Extremely long quasiparticle spin lifetimes in superconducting aluminium using MgO tunnel spin injectors", Hyunsoo Yang, et al., Nature mat. 9 586(2010).

強磁性体と非磁性体の接合においては電流を流すことによって非磁性体にスピンを注入することができる。このとき一定の電流を流しつづけると非磁性体中でスピンが偏極した非平衡定常状態を得ることができる。このとき注入されたスピンの量とスピンの緩和量が釣り合っているが、緩和の程度は物質や形状によって異なる。これまでの研究で様々な非磁性体においてこの現象が観測され、そのときの緩和の程度も見積もられている。しかし、これまでに強磁性体から超伝導体へのスピン注入は、盛んに研究されているにも関わらず納得いく結果が得られていない。著者らは超伝導状態のAlにスピン注入を行いスピン偏極した非平衡定常状態を得ることに成功した。

第13回 (10/22)市川 能也(島川研、助教)
"Building better batteries", M. Armand and J.-M. Tarascon, Nature 451, 652 (2008).

Liイオン電池は今日のエレクトロニクスやハイブリッド自動車を駆動する電源として非常に重要な役割を果たしている。しかし電池の進歩は非常に遅いものであり、これがエレクトロニクスのみならず電気自動車などの実現を困難なものにしてきた。本論文は簡単な電池の歴史と、現在Liイオン電池が直面している技術的課題、および将来深刻になると予想される資源枯渇の問題とその対応策について論じた解説である。

第13回 (10/22)上田 浩平(小野研、M2)
"Damping by Slow Relaxing Rare Earth Impurities in Ni80Fe20G", Woltersdorf, et al., Phys. Rev. Lett., 102 257602 (2009).

重希土類原子をドープしたNi80Fe20は、この材料の磁気緩和特性を劇的に変化させます。著者たちは、この影響が’slow relaxing impurity mechanism’によって上手く説明できると主張しています。この過程は、4f磁気モーメントと伝導バンド間の交換相互作用の異方性が原因です。このモデルから予想すると、ダンピング効果の大きさは交換相互作用の異方性で見積もられ、低温で増加します。さらに、著者らは温度の効果として4f電子の緩和時間を決定したことを報告します。

第14回 (10/29)島川 祐一(島川研、教授)
"科学倫理について"

今週は「科学倫理」について取り上げたいと思います。非常に残念なことですが、科学者による不正行為が後を絶ちません。実は「有名な事件」ばかりでなく、学生が起こした事件も幾つも報告されています。これまでに発覚した幾つかの例を検証して、問題が引き起こす重大さ、個人や組織への影響を含めて、これから研究者・技術者として生きて行く皆さんが「決して道を踏み外さないように」、一緒に考え、注意を喚起したいと思います。

第14回 (10/29)関口 康爾(小野研、助教)
"Induced Magnetic Ordering by Proton Irradiation in Graphite", P. Esquinaz, et al., Phys. Rev. Lett. 91 227201(2003).

室温で永久磁石となる物質は限られており、鐵などの金属を使用したものに限られています。非金属元素を用いて、”室温”で分子スケールの強磁性秩序を実現するのはかなり難しく、極低温でしか強磁性秩序の報告はありませんでした。今回の論文は金属元素を使わず、グラファイトに水素を照射する方法によって”室温強磁性”を作り出したとしています。金属元素を使用しない極微磁石の誕生は、医学応用が期待できるかもしれません。

第15回 (11/12)島村 一利(小野研、D1)
"Molecular Computation of Solutions to Combinatorial Problem", L. M. Adleman, Science 266 1021 (1994).

近年、○○コンピューターと言った言葉をよく耳にするようになりました.たとえば,量子コンピュータや分子コンピュータのようなものがあります.耳にするだけで、実際にどの程度知っているでしょうか?今回の雑誌会では、分子コンピュータについて,紹介したいと思います.ここで紹介するAdlemanの論文では,分子としてDNAを用いて,塩基配列並び方ことによってサラリーマン巡回問題の解を得ることに成功しています. 当日は,本論文を理解するために必要となる背景(分子生物学やグラフ問題)についても簡単に説明したいと思います.

第15回 (11/12)大西 希(島川研、M2)
"Spin Dependent Impurity Effects on the 2D Frustrated Magnetism of NiGa2S4", Y. Nambu, et al., Phys. Rev. Lett., 101 207204 (2008).

幾何学的にフラストレートした磁性体において、最も単純な格子系に属する三角格子磁性体の研究は長い歴史を持つ。著者らはなかでも、低スピン(S=1)の系で初めて発見された、低温まで正確に三角格子の対称性を保つ擬2次元磁性体、NiGa2S4に注目して研究を進めてきた。この系では、幾何学的フラストレーションにより、単純な反強磁性磁気秩序が抑えられたことで、非従来型のスピン状態が実現していることがこれまでに明らかになっている。本論文で著者らは、NiGa2S4における磁性不純物の置換効果についての調査を行い、比熱の温度依存性において、2 K以下でスピンSの偶奇性に依存した不純物効果が現れることを明らかにした。

第16回 (11/19)千葉 大地(小野研、助教)
"Quasiballistic Magnetization Reversal", H.W. Schumacher, et al., Phys. Rev. Lett., 90, 017204 (2003).

本論文では磁化反転のスピードの本質的な限界について述べられている。磁場印加によって引き起こされる磁化反転のスピードは磁化の歳差運動の周波数に直接的に関係しており、著者らはGMR素子と時間分解測定を用いてこれを実験的に示した。

第16回 (11/19)境口 綾(島川研、M2)
"Disorder-Order Ferroelectric Transition in the Metal Formate Framework of [NH4][Zn(HCOO)3]", Guan-Cheng Xu, et al., J. Am. Chem. Soc. 132, 9588 (2010).

この10年間で、無機−有機ハイブリッド材料の研究数は急速に増えています。それらの研究は多孔性の構造を活かした触媒反応などが主流であったが、より無機物に似た構造や物性を示す材料も発見されてきています。今後の発展においては、磁性や電気伝導性といった無機物の構造から生じる物性と有機部分から生じる特性とを組み合わせることも可能であるかもしれません。今回の論文では、強誘電をもつ無機−有機ハイブリッド材料について紹介します。

第17回 (12/3)小山 知弘(小野研、D2)
"Perpendicular magnetic anisotropy in Co/Pt multilayers studied from a view point of anisotropy of magnetic Compton profiles", M. Ota, et al., Appl. Phys. Lett. 96, 152505 (2010).

本論文では、磁気コンプトン散乱を用いてCo/Pt多層膜の垂直磁気異方性を調べた結果について述べられている。本研究で得られたCo/Ptでの垂直磁気異方性と磁気コンプトンプロファイルに関して、以前報告されているCo/Pd多層膜における結果と比較しながら議論されている。磁気コンプトンプロファイルの異方性はそれぞれ磁気量子数m=0,1,2からの寄与に分割され、各々を解析することにより 1. 垂直磁気異方性が面内磁気異方性に変わる際には、m=1の状態が寄与している 2. 多層膜が大きな垂直磁気異方性エネルギーを持つ際には、m=2の状態が寄与している ことがわかった。

第17回 (12/3)平井 慧(島川研、M1)
"Magnetic order close to superconductivity in the iron-based layered LaO12xFxFeAs systems", Clarina de la Cruz, et al., Nature 453, 899 (2008).

これまで、銅酸化物超伝導体以外で転移温度(Tc)が40Kを超えるものは発見されていなかった。しかしながら、2006年に鉄系オキシプニクタイドのLaFePO(Tc=4K)で超伝導が発現することが発見され、2008年2月にはLaFeAsO1-xFx(Tc=26K)で超伝導が発現する報告があるなど鉄系超伝導も注目を浴びた。著者らは、LaOFeAsの基底状態が弱いスピン密度波反強磁性体の基底状態になっており、低温(約155K以下)では突然構造がひずむことを見いだした。Fドーピングによって磁気秩序と構造ひずみが共に抑制され、これは超伝導性に有利となる。高Tc銅酸化物との物理的類似性があるため、鉄系高温超伝導体および銅酸化物高温超伝導体の超伝導メカニズムの理解へと進展することが期待される。

第18回 (12/17)関 隼人(島川研、M1)
"Local Lattice Distortion in the Giant Negative Thermal Expansion Material Mn3Cu1□xGexN", S. Iikubo, et al., Phys. Rev. Lett., 101, 205901 (2008).

磁気秩序に起因する負の熱膨張体積変化する逆ペロブスカイト型マンガン窒化物に、ある特定の物質を加えると大きな負の熱膨張係数を示すことが知られている。本論文で用いられたのはGeをドープ元素として用いたMn3Cu1-xGexNであり、全体の構造として立方晶構造をとっている。しかしこの物質は低温におけるMn3GeNのような局所的な歪みを持つことが分かった。この構造の不安定性(歪み)は磁気モーメントの秩序化との相関関係があり体積変化の振る舞いを変える原因と考えられる。

第18回(12/17)平松 亮(小野研、M1)
"Periodic rotation of magnetization in a non-centrosymmetric soft magnet induced by an electric field", M. Saito, et al., Nature Mater., 8, 634 (2009).

電場を用いた磁化制御は磁気データ記録やセンサー、MRAMなど様々な応用が期待されている。磁性金属や半導体を用いた磁化制御の成功例はあるが、電流によるエネルギー損失が問題である。特に電場での磁化の繰り返し制御にはジュール熱による損失が妨げになる。この点で、非中心対称磁性絶縁体はエネルギー損失のない磁化制御のよい候補となる。さらに、そのような磁性体は一般的には見られない磁気光学効果を示し、磁化方向の時間分解検出を可能とする。本論文では非中心対称軟磁性体(Cu,Ni)B2O4を用いて2 kHzの交流電場をかけた時、磁化方向が±20°の周期振動することを報告する。

第19回(12/24)青山 千尋(島川研、M1)
"Superconductivity in the iron selenide KxFe2Se2", J. Guo, et al., Phys. Rev. B, 82, 180520(R) (2010).

2006年に鉄を含む化合物で超伝導が発見されて以来、様々な鉄系超伝導物質の研究が行われてきた。その中でもFeSe(11タイプ)は、最も単純な結晶構造で伝導層のみで構成される。今回筆者らは、常圧の11タイプでは最も高いTc〜30Kを持つK0.8Fe2Se2を報告した。これまでもTeドープや高圧下でTcを上げることが行われてきたが、Kを加えることによる構造変化とキャリアモジュレーションが、Tcを高くした原因ではないかと述べている。

第19回 (12/24)西原 禎孝(小野研、M1)
"Driven coherent oscillations of a single electron spin in a quantum dot", F. H. L. Koppens, et al., Nature 442, 766 (2006).

量子力学における重ね合わせやエンタングルメントを用いたコンピュータは、現在のコンピュータでは時間がかかりすぎて不可能とされる演算を行うことが出来ると考えられており、現在その基礎となる量子ビットの研究が多くの研究機関で行われている。しかし量子状態が壊れ易いなど、実現に向け多くの問題を抱えている。今回紹介する論文は量子ドットに閉じ込めた単電子のスピンの状態を電極で発生させた電磁波によって操作し、状態遷移の結果生じるRabi振動を観測したことを報告したものである。これにより量子ビットとして電子スピンを用いたデバイスの実現可能性が示された。