2017 年度
第1回 (5/12)
丹羽 泰之 (島川研、M2)
"Probing disorder in isometric pyrochlore and related complex oxides"
Jacob Shamblin, et al., Nature Materials, 15, 507 (2016).
A2B2O7で表される等軸パイロクロア型構造を持つ化合物は極限条件下では(A,B)4O7で表される等軸晶系の乱れた蛍石型構造に変化します。著者らの研究グループは中性子全散乱法を用いて、(組成/化学量論によって内因的に誘起された、あるいは高エネルギー放射によって作り出された非平衡状態における)乱れた蛍石型構造を持つ酸化物は斜方晶型構造の小さなユニットから構成される、ということを示しました。このユニットは擬似的に翻訳できる対称性(pseudo-translational symmetry)によって繰り返されており、結果的に斜方晶系と等軸晶系の配列が異なる長さのスケールで共存するということが確認されました。このような知見はorder-disorder変形が応用上重要な物理特性(触媒活性、イオン伝導度、放射抵抗等)に与える影響の予測などに役立てられると述べています。
谷口 卓也 (小野研、D3)
"Quantized thermal transport in single-atom junctions"
Longji Cui, et al., Science, 355, 1192 (2017).
物質中の熱伝導を記述するモデルとして、Wiedemann-Franzの法則がよく知られる。Wiedemann-Franzの法則は複数のバルク金属の熱伝導を説明できることから正しい物理的描像だと信じられてきた。しかし、量子論から導かれる法則であるにも関わらず、技術的な難しさから原子単位でモデルを検証した例は無かった。本論文は、AuやPt原子間の熱伝導に対してもWiedemann-Franzの法則が成り立つことを初めて実験的に観測した報告である。
第2回 (5/19)
菅 大介(島川研、准教授)
"Enhanced flexoelectric-like response in oxide semiconductors"
Jackeline Narvaez, et al., Nature, 538, 219 (2016).
フレクソエレクトリック(flexoelectric)効果とは、ひずみ勾配に比例して電気分極(又は電場によってひずみ勾配)が発生する効果のことで、空間対称性によらず全ての固体で期待できます。これは、空間反転対称性の破れた結晶点群に属する物質でのみ見られる圧電効果とは対照的です。つまりフレクソエレクトリック効果に着目することで、これまで電気分極を発生させることができないと考えられてきた材料からの電気分極を発生が可能となります。しかしながら、フレクソエレクトリック効果で誘起される分極は小さく、この効果を増大する材料および手法開発が近年行われています。本論文では、半導体(酸素欠損を有するチタン酸バリウムBaTiO3)におけるフレクソエレクトリック効果の観測に成功し、さらにその大きさは、絶縁体(酸素欠損のないBaTiO3)におけるそれよりも大きいことを報告しています。
第3回 (5/26)
郭 海川 (島川研、D3)
"Strongly correlated perovskite fuel cells"
You Zhou, et al., Nature, 534, 231 (2016).
燃料電池は、化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換するものであり、従来の熱機関と比較して効率が高く環境面で利点がある。イットリア安定化ジルコニアは、安定で1に近いイオン輸率を示すため、おそらく固体酸化物燃料電池(SOFC)の電解質として最も有力な材料である。より優れたイオン伝導性を持つ材料は存在するが、そうした材料は、燃料界面の還元性環境にさらされたときの電子リーク抑制能力によって制限されることが多い。こうした電子リークは燃料電池の出力を低下させ、これに伴う化学機械的応力によって電解質膜が壊滅的に破壊されることもある。本論文では、イオン伝導性の維持をカチオン置換に依存する従来の電解質設計から脱却し、代わりに、初期のイオン伝導性と電子伝導性が高いペロブスカイト型ニッケル酸塩を電解質として用いた。こうした酸化物の多くは相関電子系でもあることから、自発的な水素取り込みによって生じるフィリング制御型モット転移を通して、電子伝導を抑制できる可能性がある。そうしたニッケル酸塩を自立膜形状の電解質として用いることで、高性能の低温微細加工SOFCを実証した。ペロブスカイト型ニッケル酸塩のイオン伝導性は、同じ温度領域で最高性能の固体電解質に匹敵し、活性化エネルギーが非常に低い。今回の結果は、強電子相関に起因して創発的特性を示す高性能材料の設計戦略を提示するものである。
水野 隼翔 (小野研、D2)
"Electric field-induced superconducting transition of insulating FeSe thin film at 35 K"
Kota Hanzawa, et al., PNAS, 113, 3986 (2016).
超伝導体の転移温度Tcの上昇は、物理学における重要な研究目標の一つである。最近の研究により、超伝導体の元となる材料(母体物質)が絶縁体であること、また、母体物質の反強磁性的秩序をキャリアのドープにより破ることが、高いTcに繋がる可能性のあることが分かってきた。そこで本研究では、鉄セレン化合物(FeSb)の薄膜に着目した。FeSbはバルクではTc = 8 Kの超伝導体であり、薄膜では絶縁体のような挙動を示すことが知られている。本論文において著者らは、厚さ10 nm程のFeSb薄膜に電気二重奏トランジスタ構造を用いて電界を印加することにより、Tcを35 Kまで上昇させられたことを報告している。本研究は、イオン液体を用いた電子密度の変調が、高いTcを達成する上で一つの有用な方法であることを示している。
第4回 (6/2)
Anucha Koedtruad (島川研、研究生)
"Crystal Structure of AgBi2I7 Thin Films"
Zewen Xiao, et al., J. Phys. Chem. Lett., 7, 3903 (2016).
In the past few years, Ag-Bi-I based compounds such as AgBiI4 and AgBi2I7 were revealed as low toxic and air-stable solar absorbers for thin-film solar cell application. By X-ray diffraction analysis, the structure of AgBi2I7 was reported as a cubic ThZr2H7-type which consists of [AgI6] octahedra and [BiI8] hexahedra. However, it has been still questionable that if this structure could be formed and energetically stable. Therefore, this work reexamined the structure of AgBi2I7 by means of computation of phase stability and optical bandgaps. They found that AgBi2I7 with ThZr2H7-type structure was energetically unstable; consequently this structure could not be formed. On the other hand, AgBi2I7 had Ag-deficient AgBiI4-type structure which is composed of edge-sharing [(Ag/Bi)I6] octahedra. The XRD pattern and optical bandgap of AgBi2I7 can be clarified well by Ag-deficient AgBiI4 structure.
奥野 尭也 (小野研、D1)
"Reading and writing single-atom magnets"
Fabian D. Natterer, et al., Nature, 543, 226 (2017).
磁気記録素子において記録情報を高密度化する古典的アプローチは、1ビットを記録する情報担体を小さくすることであり、そのようなアプローチの極限は、1ビットを1原子に記録するというものである。これまでの研究で、1ビット担体を3~12原子まで小さくできることが報告されてきたが、磁性の最小単位である1原子を情報担体とする研究はこれまでなされていなかった。本論文は、MgO基板上に配列したHo単原子が有する垂直磁化の方向を情報担体として、走査型トンネル顕微鏡の探針とHo原子間のトンネル電流を利用して磁化方向の書き込みおよび読み出しに成功したことを報告している。本研究の成果は、1原子を情報担体とする磁気記録素子の実現可能性を示した点において重要である。
第5回 (6/9)
譚 振宏(島川研、M2)
"Musical Chemistry: Integrating Chemistry and Music"
Mahadev Kumbar, Journal of Chemical Education, 84, 1933 (2007).
化学と音楽とは一見関係ない学問分野だが、実際にある方面で共通点がある:化学は元素で構成され、音楽は音符で構成されている。化学反応と音楽はともに時間に従って進行する。化学反応ひとつひとつに物質の構造がどのように変化するかというような化学的性質と反応に伴う物理的変化、つまり物理的性質がある。では化学反応の音楽的性質はどうだろうか。著者はフーリエ級数及び離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transformation, DFT)を用い、様々な種類の化学反応を音楽理論によって音楽に変換でき、異なる反応を変換してつくれた音楽はそれぞれ異なるものになるという結果を得た。
安藤 冬希 (小野研、D1)
"Generation and detection of pure valley current by electrically induced Berry curvature in bilayer graphene"
Y. Shimazaki, et al., Nat. Phys. , 11, 1032 (2015).
近年、スピントロニクスに続き、結晶内の運動量に着目したバレートロニクスという分野が、新たなエレクトロニクスの概念として関心を集めている。純スピン流と同様に非散逸純バレー流も、正味の電流を伴わず論理演算に応用できると考えられる。バレーとは、エネルギー縮退しているが波数の異なる伝導帯の極小値(価電子帯の極大値)を有する電子構造において定義される量子数である。特に、空間反転対称性の破れた2次元ハニカム格子系では、ベリー曲率が有限の値となるのでバレー自由度を光学的、磁気的、あるいは電気的に制御できると考えられている。著者らは二層グラフェンを使用し、上下2種類のゲート電極によりグラフェンのキャリア密度と反転対称性を独立に制御することで、純バレー流の電気的な生成と検出を実証した。
第6回 (6/16)
Fabio Denis Romero(島川研、PD)
"Accelerated discovery of two crystal structure types in a complex inorganic phase field"
C. Collins, et al., Nature, 546, 280 (2017).
Computational methods have been developed to guide synthesis by predicting structures at specific compositions and predicting compositions for known crystal structures with notable successes However, the challenge of finding qualitatively new, experimentally realizable compounds, with crystal structures where the unit cell and the atom positions within it differ from known structures, remains for compositionally complex systems. The authors report the experimental discovery of two structure types by computational identification of the region of a complex inorganic phase field that contains them. This is achieved by computing probe structures that capture the chemical and structural diversity of the system and whose energies can be ranked against combinations of currently known materials. Subsequent experimental exploration of the lowest-energy regions of the computed phase diagram affords two materials with previously unreported crystal structures featuring unusual structural motifs.
森山 貴広(小野研、准教授)
"Observation of discrete time-crystalline order in a disordered dipolar many-body system"
Soonwon Choi, , Nature, 543, 221 (2017).
例えばFeはBCC、CoはHCPというように原子は固体において特定の結晶を自発的に構成します。結晶を構成することで、元々どの方向にも等価であった空間に、異方的かつ離散的な空間並進対称性が生まれます。すなわち、原子は空間軸のある方向にある間隔で周期的に自発的に並ぼうとします。このような所謂「自発的対称性の破れ」はこの他にも様々な事象に見ることができます。では、時間軸に対しても「自発的対称性の破れ」はあり得るのでしょうか?ある物理状態がある一定時刻ごとに自発的に繰り返されるような「時間結晶」は存在するのでしょうか?このことはノーベル物理学受賞者のF. Wilczekにより問題提議され、近年議論が交わされてきました。本論文では、ダイヤモンドのNV中心のスピン共鳴の実験を通して「時間結晶」が実在しうることを報告しています。
第7回 (6/23)
Midori Estefani Amano Patino (島川研、PD)
"Double Double Cation Order in the High-Pressure Perovskites MnRMnSbO6"
Elena Solana-Madruga, et al. , Angew. Chem. Int. Ed., 55, 9340 (2016).
ABO3 perovskite structures exhibiting ion-ordering have very successfully expanded the degree of "tunability" for engineering new materials. Cation-ordering either in the A- or B-sites leads to structures, AA'B2O6 and A2BB'O6 respectively, which are referred to as double perovskite structures. Very few examples are known where cation-order occurs in both of the aforementioned sites yielding AA'BB'O6 structures. Through high-pressure and high-temperature synthesis, a new type of double double perovskite structure has been discovered on the family MnRMnSbO6 (R = La, Pr, Nd, Sm). This AA'BB'O6 perovskite phase exhibits a 1:1 cation-order in both A- and B-sites. The Mn2+ and R3+ cations on the A-sites are ordered in columns while the Mn2+ and Sb5+ cations on the B-sites adopt a rock salt order. The MnRMnSbO6 double double perovskites are ferrimagnetic at low temperatures with additional spin-reorientation transitions. The ordering direction of ferrimagnetic Mn spins in MnNdMnSbO6 changes from parallel to [001] below TC = 76 K to perpendicular below the reorientation transition at 42 K at which Nd moments also order. Smaller rare earths lead to conventional monoclinic double perovskites (MnR)MnSbO6 for Eu and Gd.
山田 貴大 (小野研、PD)
"Controlling the Competition between Optically Induced Ultrafast Spin-Flip Scattering and Spin Transport in Magnetic Multilayers"
Emrah Turgut, et al., Phys. Rev. Lett., 110, 197201 (2013).
固体は物質内の電子状態によって金属、絶縁体、超伝導体と分類することができますが、トポロジーの概念を物質の電子状態の解析に取り入れることで、トポロジカル絶縁体という新たな物質が提唱されています。
スピントロニクスの分野ではトポロジカル絶縁体に関する研究が進んでいますが、その一方でトポロジカル半金属に関する研究も着手されはじめました。
この物質が超伝導転移したとき、その超伝導体は果たしてトポロジカル超伝導体となるのか。それによって、これまでに報告されてきた超伝導体の伝導機構に新たな概念をもたらすことができるのではないかと期待されています。
本雑誌会では、ハーフホイスラー合金であるHoPdBiがトポロジカル半金属であり、極低温で超伝導転移をすることを紹介します。
第8回 (6/30)
後藤 真人 (島川研、PD)
"Layer-dependent ferromagnetism in a van der Waals crystal down to the monolayer limit"
Bevin Huang, et al., Nature, 546, 270 (2017).
2次元結晶において有限温度で磁気長距離秩序が形成され得るのかというのは基礎磁性分野における疑問の一つである。マーミン・ワグナーの定理によると、連続対称性をもつ二次元系では有限温度で長距離磁気秩序は生じない。しかしながら、磁気異方性により連続対称性が破られる場合にはその限りではない。特に、二次元材料における強磁性秩序の発現は、新たな電気磁気効果や磁気工学効果の応用にもつながる可能性がある。
著者らは、ファンデルワールス結晶であるCrI3において原子レベルの薄さ(単層)の試料の作成に成功し、磁気光学Kerr効果を用いることにより単層試料に
おける強磁性長距離秩序を初めて観測した。さらに興味深いことに、二層試料では自発磁化が消失し、三層試料では強磁性秩序が再び現れる。これらの成果は、純粋な2次元磁性体に対する研究及び、超小型スピントロニクス素子などの新しい用途の探索の促進につながる。
Duck-Ho Kim (小野研、PD)
"Tomographic active optical trapping of arbitrarily shaped objects by exploiting 3D refractive index maps"
Kyoohyun Kim and YongKeun Park , Nat. Commun. , 8, 15340, (2017).
Optical trapping can manipulate the three-dimensional (3D) motion of spherical particles based on the simple prediction of optical forces and the responding motion of samples. However, controlling the 3D behaviour of non-spherical particles with arbitrary orientations is extremely challenging, due to experimental difficulties and extensive computations. Here, we achieve the real-time optical control of arbitrarily shaped particles by combining the wavefront shaping of a trapping beam and measurements of the 3D refractive index distribution of samples. Engineering the 3D light field distribution of a trapping beam based
on the measured 3D refractive index map of samples generates a light mould, which can manipulate colloidal and biological samples with arbitrary orientations and/or shapes. The present method provides stable control of the orientation and assembly of arbitrarily shaped particles without knowing a priori information about the sample geometry. The proposed method can be directly applied in biophotonics and soft matter physics.
第9回 (7/7)
塩田 陽一 (小野研、助教)
"Probing a Divece's Active Atoms"
Michal Studniarek, et al., Adv. Mater. 29, 1606578 (2017).
実デバイスを評価する上で、デバイス動作(operation)させながら様々な分析を行う事を「オペランド分析」という。例えば、デバイス動作環境下で分光測定を行うことにより、対象試料のデバイスとしての機能評価や、材料の特性評価をすることを目的に、オペランド分光測定による研究開発が盛んに行われている。本論文ではFeCoB/MgO/FeCoB磁気トンネル接合素子のオペランド放射光X線吸収分光測定を行い、素子中のO原子のスピン依存伝導への影響を調べた。その結果、磁化平行状態においてFe-O結合に起因した抵抗のピークが観測されたことから、Fe-O結合がスピン依存伝導に重要な役割を果たしていることが示された。
平田 雄翔(小野研、M2)
"Spin state ordering of strongly correlating LaCoO3 induced at ultrahigh magnetic fields"
Akihiko Ikeda,et al., Phys. Rev. B 93, 220401(2016)
結晶場中のイオンのスピン状態が別のスピン状態に移り変わる現象をスピンクロスオーバーと呼ぶ。錯体で見られる典型的なスピンクロスオーバーでは
物質の磁化率、密度、色などの劇的な変化が引き起こされ、その機構は結晶場中の単イオンの電子状態変化としてよく理解されている。しかし、遷移金属酸化物 で見られるスピンクロスオーバーには単サイトのスピン状態変化としては理解できない例が多くある。特に強相関コバルト酸化物LaCoO3では半世紀に渡りスピンクロスオーバーの機構が議論されてきた。著者らは、LaCoO3の非自明なスピンクロスオーバーを解明するため、強磁場に注目し、破壊型パルス磁場発生法である一巻きコイル法と誘導法磁化測定法を用いて、133T(これまでは非破壊のパルスマグネットの最高磁場である100Tまでしか調べられてこなかった)まで2-100Kの温度範囲で磁化測定を行い、新たな強磁場相を発見した。この新奇強磁場相にはスピン状態結晶や励起子凝縮相などの量子秩序相が関与している可能性があり、現在研究が進められている。
第10回 (7/14)
島川 祐一 (島川研、教授)
"Japanese science stalls over past decade, threatening position amongworld's elite"
Mark Staniland, Nature, 6, 7424 (2015).
According to the Nature Index, Japan's scientific output has failed to keep pace with other leading nations over the past decade, risking its position among the world's elite if renewed government efforts fail to reverse a downward trend in its performance.
今年3月に発表されたNature Index 2017 Japanによると、日本の科学成果の発表がここ10年間で他の科学先進国から大きく遅れを取っており、政府の新たな取り組みによってこの低下傾向を逆転できなければ、科学の世界におけるこれまでの地位を大きく失うことになると警鐘しています。
石橋 未央 (小野研、M2)
"Supercurrent in a room-temperature Bose-Einstein magnon condensate"
Dmytro A. Bozhko, et al., Nat. Phys. 12, 1057 (2016).
超伝導は、量子凝縮体の位相勾配によって引き起こされる集団運動の巨視的効果である。これまで、超伝導電流や3He、4Heの超流動などの実験的に観測されている超伝導現象が発現する温度は、低温に限られていた。本研究では、Y3Fe5O12(YIG)面内磁化膜に対してブリルアン散乱分光を用い、マグノン密度の時間発展を解析することで、室温でのマグノンボーズ・アインシュタイン凝縮において、マグノン超伝導が発現することを示している。
第11回 (7/21)
小田 研人 (小野研、D1)
"Reversible optical switching of antiferromagnetism in TbMnO3"
Sebastian Manz, et al., Nat. Photonics , 10, 653 (2016).
光による磁化のスイッチングの研究は盛んに行われている。これまでフェリ磁性体や強磁性体の磁化スイッチングは報告されたものの、反強磁性体では達成されていなかった。著者らは、反強磁性磁気秩序をもつマルチフェロイックTbMnO3に着目した。この物質は磁化方向を制御すれば誘電方向も変わることが知られている。そこでレーザー照射によりTbMnO3の磁化方向を制御し、その磁化方向を第二高調波発生により検出することで、反強磁性体磁化の光学的なスイッチングを実証した。
李 恬 (小野研、M2)
"Quantum Fluctuations along Symmetry Crossover in a Kondo-Correlated Quantum Dot"
Meydi Ferrier, et al., Phys. Rev. Lett. 118, 196803 (2017).
多体状態の普遍性を理解する上で量子ゆらぎの影響を調べることが重要である。本論文では多体状態の一つの近藤効果を対象として量子ゆらぎの影響を調査した。著者らは磁場で近藤状態の対称性を調整しながら、高感度な電流ノイズ測定を用いて量子ゆらぎを直接測定し、その影響を解明した。本論文により、ノイズ測定を用いた量子ゆらぎの調査手法が確立され、物理的難問である多体問題の発展に役立つことが期待される。
第12回(10/6)
長久保 白 (小野研、PD)
"Second Sound in SrTiO3"
Akitoshi Koreeda, et al., Phys. Rev. Lett. 99, 265502 (2017).
筆者らは低周波Brillouin散乱を用いてSrTiO3中のフォノンの集団励起の研究を行った。フォノン気体に対して拡張された熱力学を用いることで局所的に熱的非平衡状態であっても成り立つBrillouin散乱スペクトルの理論式を構築した。この式を実験結果に対してフィッティングすることで、SrTiO3中における運動量保存フォノン衝突(ノーマルプロセス)の緩和時間の温度依存性を明らかにした。これらの結果は、先行研究において報告された縦波・横波以外に由来する音響的スペクトルが第二音波という熱の波動的伝播に由来することを示唆している。
西村 幸恵(小野研、D1)
"Photosalient Phenomena that Mimic Impatiens Are Observed in Hollow Crystals of Diarylethene with a Perfluorocyclohexene Ring"
Eri Hatano, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 56, 12576 (2017).
近年、有機分子でミクロな機械を作ることに興味がもたれている。しかし分子の動きは小さく、単独での利用は困難である。しかし、分子集合体では分子の動きが蓄積され、目に見える機能が確認できる。有機分子の集合体である結晶に光や熱といった外部刺激を加えることで結晶がジャンプしたり崩壊したりする現象が報告されており、サリエント効果と呼ばれ注目を集めている。本論分で紹介するフォトサリエント効果を示す中空結晶は、自然界ではホウセンカが種の保存のために種子を撒き散らす現象に似ている。このシステムは結晶サイズや中空サイズを変えたりしていろいろな分野に応用される可能性を秘めている。
第13回(10/13)
丹羽 泰之(島川研、M2)
"High-Performance Zinc Tin Oxide Semiconductor Grown by Atmospheric-Pressure Mist-CVD and the Associated Thin-Film Transistor Properties"
Jozeph Park, et al., Appl. Mater. Interfaces, 9, 20656 (2017).
酸化物半導体薄膜の作製では近年溶液を用いたプロセスに基づいた手法の開発が注目されている。本論文ではZnSnO薄膜をスピンコーティング法とミストCVD法で作製し、薄膜トランジスタとしての膜特性評価を行ない、ミストCVD法は高品質の半導体デバイスを比較的容易に合成できる溶液を用いた手法であることが報告されている。
Wooseung Ham(小野研、D2)
"Spin current generation using a surface acoustic wave generated via spin-rotation coupling. "
D. Kobayashi, et al., Phys. Rev. Lett. 119, 077202 (2017).
The generation of alternating spin current (SC) via spin-rotation coupling(SC) using a surface acoustic wave (SAW) in a Cu film was demonstrated. Ferromagnetic resonance caused by injecting SAWs was observed in a Ni-Fe film attached to a Cu film, with the resonance further found to be suppressed through the insertion of a SiO2 film into the interface. The intensity of the resonance depended on the angle between the wave vector of the SAW and the magnetization of the Ni-Fe film. This angular dependence is explicable in terms of the presence of spin transfer torque from a SC generated via spin rotation coupling.
第14回 (10/20)
譚 振宏(島川研、M2)
"Topochemical Oxidation of Perovskite KCoF3 to a K2PtCl6 Structure-Type Oxyfluoride"
Rajamani Nagarajan, et al., Inorg. Chem., 54, 10105 (2015).
簡単なアニオン挿入トポケミカル反応を用い、ペロブスカイトフッ化物KCoF3は酸化され、安定な酸化フッ化物であるK2CoOF4になった。この酸化フッ化物はK2PtCl6構造を持つ。同じような手法でNi及びMnフッ化物からK2PtCl6構造である酸化フッ化物が得られた。ソフトな化学手法を通じて新たな化合物を得ることが期待されている。
田中 健勝(小野研、D3)
"Spin caloritronic nano-oscillator"
C. Safranski, et al., Nat. Commun. , 8, 117, (2017).
金属や半導体に電流を流すと、ジュール熱と呼ばれるエネルギー損失が発生します。このエネルギー損失は素子の小型化や高性能化に対する大きな問題であり、ジュール熱の低減や活用を目指した研究が近年活発になっています。今回紹介する論文では、電流印可に伴うジュール熱を利用して、磁性絶縁体であるY3Fe5O12 (YIG)の発振を実現しました。筆者らは、Pt/YIG二層膜に電流を流すことで温度勾配を付け、スピンゼーベック効果によるスピン注入を行いました。注入されたスピン流に起因するYIGの発振が確認できました。今後、電子デバイス中の熱を利用したデバイスの開発が期待されます。
第15回 (10/27)
熊 鵬 (島川研、D3)
"Excitation-wavelength-dependent small polaron trapping of photoexcited carriers in ??-Fe2O3"
Lucas M. Carneiro, et al., Nature Materials., 16, 819 (2017).
金属酸化物の光触媒の基底状態の移動度にスモールポラノンの形成が制限されていることが知られている。しかし、スモールポラノンの形成は光励起状態での役目と光返還効率にどう影響を与えるかがまだ決まっていないである。この研究でtransient femtosecond extreme-ultraviolet測定方法を使って、ヘマタイト(α-Fe2O3)に光励起キャリアの超高速トラッピングはスモールポラノンの局在化により影響されていることが示唆された。スモールポラノンの形成はFe M2,3吸収端におけるサッブー100フェムト秒のFe 3pコーア軌道の分裂により確認された。トリプルー指数緩和スモールポラノンの形成の運動量、しかし、測定した分光特徴はスモールポラノンであり、ミッドギャップトラップ状態に期待されるpre-edge特徴ではない。スモールポラノンの形成確率、ホッピング半径と寿命は励起波長により変化し、t2g伝導バンドエネルギーの増大に対して、減少する。
飯野 達也(小野研、M1)
"Van der Waals pressure and its effect on trapped interlayer molecules"
K.S. Vasu, et al., Nat. Commun. , 7, 12168, (2016).
二次元結晶であるvan der waals結晶はその特性から注目されている。特性の1つとして、二次元結晶間に分子を閉じ込めることができる。理論によると、閉じ込められた分子には1 GPaの圧力がかかると言われている。本研究では、この圧力を圧力感度の良い分子を用いて測定した。さらにこの圧力が化学反応を促進させる。捕らわれた塩は室温で水と反応し、酸化物の二次元結晶を作ることがわかった。この圧力とその効果はVan der Waalsヘテロ構造を考える際に考慮していく必要があり、原子界面で新たな物質を生成するのに利用されるだろう。
第16回 (11/10)
李 恬 (小野研、M2)
"Spatially and time-resolved magnetization dynamics driven by spin£?orbit torques"
Manuel Baumgartner, et al., Nature Nanotechnology , 12, 980 (2017).
磁化反転現象は微細化した低消費電力のメモリデバイスの開発において重要な技術として近年盛んに研究されてきたが、そのメカニズムは未だ不明な点が多い。本論文で、著者らは100 psの時間分解能と25 nmの空間分解能を持つX線顕微鏡を用いて、スピン軌道トルクによるCoナノドットの磁化反転現象を直接観測し、スピン軌道トルク磁化反転のメカニズムを明らかにした:ジャロシンスキー・守谷相互作用及びスピン軌道トクルのdamping-likeトルク、field-likeトルクに起因する対称性の破れによって、ドットの端で核となる部分が先に反転し、反転された部分が磁壁移動を伴って核から全体に伝播していく。更に、核の生成位置や磁壁の移動方向は偶然ではなく、磁化方向、電流方向及び磁場方向によって決定されていることが再現実験によって検証された。
石橋 未央(小野研、M2)
"Laser cooling of a nanomechanical oscillator into its quantum ground state"
Jasper Chan, et al., Nature , 478, 89 (2011)
巨視的な力学系(機械系)にも量子力学は適用できるのか、という課題に対して、人工的に作られた極小の共振器を冷却することで量子基底状態を達成、制御しようとする試みが世界中で盛んに研究されてきた。2010年、初めて、機械的共振器の量子基底状態が実現され、その後も、機械的共振器の量子基底状態は報告されている。しかし、これらの実験はmKオーダーの温度で行われる必要があり、光や振動を極小領域に局在させておくことや、共振器と光の強い相互作用を維持することが難しく、光による機械的共振器の量子基底状態は達成されていなかった。本研究では、周期的ナノ構造の機械的共振器を用いることで、光と振動モードの極小領域への閉じ込め、及び、光と機械的共振器の強い相互作用を可能にし、レーザー冷却によって温度20 Kで機械的共振器を量子基底状態にすることに成功している。
第17回 (11/17)
齊藤 高志 (島川研、助教)
"Oxide Ion Conductivity in the Hexagonal Perovskite Derivative Ba3MoNbO8.5."
Sacha Fop, et al., J. Am. Chem. Soc. , 138, 16764 (2016).
酸化物イオン伝導体は固体燃料電池や固体電解セルの電極材料として近年とても注目されている。本論文で取り上げられているBa3MoNbO8.5は新しいタイプの結晶構造を持つ六方晶ペロブスカイト関連物質である。この物質は高い安定性と高いイオン伝導度を持つことが明らかになった。六方晶ペロブスカイト関連構造が高いイオン伝導度の実現に寄与していると考えられ、新規電極材料開発につながる発見である。
Sanghoon Kim(小野研、特任助教)
"Control of spin-orbit torques through crystal symmetry in WTe2/ferromagnet bilayers"
D. MacNeill, et al., Nature Physics , 13, 300 (2017).
It has been recently discovered that the manipulation efficiency of the magnetic devices can be dramatically improved with current induced spin-orbit torques in Ferromagnet/heavy metal or topological insulators. However, it has limitation because the deterministic magnetization switching is impossible with the perpendicular anisotropy that are needed for high-density applications. In this study, a transition-metal dichalcogenide of which surface has only one mirror plain, WTe2 is studied as a spin current source. It is found that when current is applied along a low-symmetry axis of WTe2/permalloy bilayers, an out-of-plane antidumping torque can be generated, thereby deterministic switching is achievable. Controlling spin-orbit torques by crystal symmetries in multilayer samples provides a new strategy for optimizing future magnetic technologies.
第18回 (11/24)
小林 顕斗 (島川研、M1)
"Synaptic Metaplasticity Realized in Oxide Memristive Devices"
Zheng-Hua Tan, et al., Adv. Mater. 28, 377 (2016).
来たるビッグデータ時代に向けて高い情報処理能力と計算能力の向上が求められている中、ニューロモルフィック(神経形態学的)コンピューティングが注目されている。「ノイマンのボトルネック」を克服するために、情報処理と記憶機能を同時に行える高い計算能力を有する人間の脳を模倣したデバイス開発が各方面で行われており、そのデバイスの一つにメモリスタデバイスがある。脳の学習・記憶機能の基礎と考えられている「シナプス可塑性」に対応する特性を備えたメモリスタの開発が様々な材料系で報告されているが、シナプス可塑性の可塑性を決める「メタ可塑性」という機能について議論されている報告は未だに見られない。本論文ではWO3 をベースにしたメモリスタデバイスを用いて、これがより高次なシナプス可塑性であるメタ可塑性を有することが調査され、ニューロモルフィックコンピューティング実現へ向けた一つの可能性と指標が投げかけられている。
粕川 周平(小野研、M1)
"Magnon qubit and quantum computing on magnon bose-condensate"
S. N. Andrianov and S. A. Moiseev, Phys. Rev. A , 90, 042303 (2014).
近年、電子クーパー対による超伝導量子ビットの開発が大きく進展しているが、電子クーパー対の強いデコヒーレンスのためこの方法では実用的な問題が大きい。本論分では、非電荷でより寿命の長いマグノンボース-アインシュタイン凝縮(magnon BEC)を用いた超伝導量子ビット、およびそれを用いた一量子ビット、二量子ビットゲートの構築を提案する。
第19回 (11/24)
三戸 惇矢 (島川研、M1)
"Hysteresis-free perovskite solar cells made of potassium-doped organometal halide perovskite"
Zeguo Tang, et al., Scientific Reports , 7, 12183 (2017).
有機金属ハロゲンペロブスカイトは低コストで高効率な太陽光電池の有望な材料として幅広い関心を集めている。ペロブスカイト型太陽電池(PSC)の電力変換効率(PCE)はその発見から数年以内に22%に達したが、I-VヒステリシスによるPCEの不確実性が大きな課題だった。本論文では、少量のK+を有機金属ペロブスカイト(FA0.85MA0.15Pb(I0.85Br0.15)3)に組み込むことで、PSCの太陽電池性能が著しく向上し、I-Vヒステリシスが減少したことを報告している。
小野 輝男(小野研、教授)
"Spin-rotation symmetry breaking in the superconducting state of CuxBi2Se3"
K. Matano, et al., Nature Physics , 12, 852 (2016).
銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体を含む殆どの超伝導体では、超伝導を担うクーパーペアはスピン1重項状態(S = 0)です。これに対しスピン3重項状態(S = 1)の超伝導や超流動も存在し、UPt3やSr2RuO4の超伝導や3Heの超流動状態が知られています。スピン3重項状態では、spin-rotation symmetry breakingが期待されますが、3Heの超流動ではスピンに特別な向きを与える相互作用がないのでspin-rotation symmetry breakingは起こりません。結晶内では格子との相互作用があるのでUPt3やSr2RuO4の超伝導状態ではspin-rotation symmetry breakingが期待されていますが未だに実験的確証はありません。これはスピンと格子を結びつける相互作用であるスピン軌道相互作用が弱いからではないかと推察されてきました。本論文では、Cu0.3Bi2Se3の超伝導状態でspin-rotation symmetry breakingが起こっていることを77SeのNMRから示しています。
第20回 (12/15)
松本 笙(島川研、M1)
"Magnetodielectric Response from Spin£?Orbital Interaction Occurring at Interface of Ferromagnetic Co and Organometal Halide Perovskite Layers via Rashba Effect"
Mingxing Li, et al., Adv. Mater. 29, 1603667 (2017).
有機金属ハロゲンペロブスカイト(organometal halide perovskites , OMHPs)は誘電分極や半導体的な性質のために光電池、レーザー、光磁気効果などに利用されている。近年、OMHPsにおいてスピン軌道相互作用と非対称な軌道の分極に基づいたラシュバ効果が理論的に予想された。本研究では、強磁性金属Coとラシュバ効果を持つ有機ペロブスカイト薄膜との界面での相互作用によって引き起こされる磁気誘電現象について紹介する。
池渕 徹也(小野研、M1)
"Excitation of coupled spin£?orbit dynamics in cobalt oxide by femtosecond laser pulses"
Takuya Satoh, et al., Nat. Commun. , 8, 638, (2017).
フェムト秒光パルスを用いた磁性体の超高速制御は磁性物理の基礎、応用共に関心を集めています。また、反強磁性体はテラヘルツ領域のマグノン周波数を有する材料であり、一方、テラヘルツ領域に属する可視光や近赤外光は主に電子の軌道角運動量と相互作用します。しかし、多くの磁性体において、特に鉄属イオンでは軌道角運動量は結晶場によって消滅します。このように、マグノンと光との相互作用は妨げられており、スピン-軌道相互作用による軌道運動量の小さい効果によってのみ媒介され相互作用が生じます。本論文では凍結されていない軌道運動量をもつ反強磁性体CoOにおいて9THzまでの周波数を有するマグノンの光による励起を報告しています。
第21回 (12/22)
Yooun Heo(島川研、PD)
"Tuning Perpendicular Magnetic Anisotropy by Oxygen Octahedral Rotations in (La1??xSrxMnO3)/(SrIrO3) Superlattices"
Di Yi, et al., Phys. Rev. Lett. , 119, 077201 (2017).
A new type of interface induced perpendicular magnetic anisotropy (PMA) is realised by tuning of oxygen octahedral rotation in superlattices of La1-xSrxMnO3 and SrIrO3. Attaining PMA as high as 4x106 erg/cm3 is possible by increasing x in the composition and decreasing oxygen octahedral at interfaces. These results show a new degree of freedom to control PMA for disocovering new emergent magnetic textures and topological phenomena.
平田 雄翔(小野研、M2)
"Room-Temperature Spin-Orbit Torque Switching Induced by a Topological Insulator"
Jiahao Han, et al., Phys. Rev. Lett. , 119, 077702 (2017).
トポロジカル絶縁体は物質界面でスピンと運動量の方向が強く結びついているため、高い電流スピン流変換効率が期待されている。これまで、トポロジカル絶縁体を用いたスピン注入磁化反転が積極的に試みられてきたが、技術的な問題からその観測は低温領域に限られていた。今回著者らはトポロジカル絶縁体Bi2Se3の上にフェリ磁性体CoTbを接合させた試料を用いて常温でスピン注入磁化反転を観測し、スピンホール角を見積もることに成功した。