2019 年度
第1回 (5/17)
Anucha Koedtruad (島川研、D2)
"Electronic structure basis for enhanced overall water splitting photocatalysis with aluminum doped SrTiO3 in natural sunlight"
Z. Zhao, et al., Energy Environ. Sci., 12, 1385 (2019).
Strontium titanate (SrTiO3) has been studied for a decade as photocatalysts for overall water splitting (OWS) under ultra-violet irradiation. Recently, it was shown that doping of Al3+ into SrTiO3 (Al: SrTiO3) increases drastically the OWS activity. However, the roles of Al3+ are still not clear. In this work, X-ray photoelectron spectroscopy (XPS), density functional theory (DFT) calculation, surface photovoltage spectroscopy (SPS) and cyclic voltammetry (CV) were used to investigate and understand the roles of Al3+ in SrTiO3. They found that the introduction of Al3+ prevents the formation of deep Ti3+ sub-band states which act as electron-hole recombination sites, diminishes the n-type character of SrTiO3 and shifts the Fermi level to more oxidizing potentials. Furthermore, the electronic band structure of Al: SrTiO3 were found to depend sensitively on the relative locations of Al+3 and oxygen vacancy sites. The deep sub-band states are effectively suppressed when two Al3+ ions locate next to oxygen vacancies. Also, this work showed the first time OWS with a type 1 single bed particle suspension ‘baggie’ reactor under direct sunlight illumination with 0.11% solar to hydrogen efficiency (SHE).
平田 雄翔 (小野研、D2)
"Specular interband Andreev reflections at vander Waals interfaces between graphene and NbSe2"
Seung-heon C. Baek, et al., Nature Physics, 12, 328 (2016).
アンドレーエフ反射とは、常伝導体と超伝導体の界面において常伝導体側から入射された電子がホールとなって反射され、超伝導体中にクーパー対が形成される現象です。通常、ホールは入射された電子と反対方向に戻っていきますが、超伝導体/グラフェンの界面においては、ある条件下で、界面で鏡面反射を起こすことが理論的に示唆されていました。著者らはGraphene/NbSe2界面において、これを示唆する結果を得ました。
第2回 (5/24)
岩城 宏侑 (小野研、M2)
"Dynamics of noncollinear antiferromagnetic textures driven by spin current injection"
Y. Yamane, et al., arXiv:1901.05684 (2019).
近年、非共線形の磁気構造を有する反強磁性体が非常に大きな磁気輸送特性熱磁気効果を持つことから注目を集めている。この現象は、電子バンド構造の位相幾何学的特徴にその起源があり、非共線形の磁気構造と密接に関連している。このような反強磁性体をスピントロニクスアプリケーションに最大限活用するには、これらの材料の磁気構造、磁区を効率的に操作することが重要となる。しかし、反強磁性体における電流誘起の磁壁駆動に関する研究は、これまでほとんど共線構造の反強磁性体にのみ焦点を当てられてきた。本研究において著者らは、スピン流注入によって誘起される非共線形反強磁性体の磁壁ダイナミクスに焦点を当て、その理論的定式化を行い、磁壁動力学への解析的アプローチを試みた。
小杉 佳久 (島川研、M2)
"Giant barocaloric effect enhanced by the frustration of the antiferromagnetic phase in Mn3GaN"
S. Kitou, et al., Nature Materials, 14, 73 (2015).
磁気熱量効果を用いた磁気冷凍は、原理的に高効率であり、フロン類を用いず、環境にやさしい次世代の冷凍技術として期待されています。潜熱を伴う一次相転移を起こす物質が盛んに研究されていますが、磁場応答が小さい反強磁性体などは、潜熱による大きなエントロピー変化が活用できないと考えられていました。その中、圧力により相転移を誘起し、エントロピー変化を起こす圧力熱量効果が近年注目浴びています。本論文では、Mnイオンの幾何学的フラストレート格子をもつMn3GaNが、外部圧力を印加することで大きなエントロピー変化を生じ、巨大な圧力熱量効果を示すことを報告しています。また、幾何学的フラストレーションが巨大な圧力熱量効果に寄与していることを明らかにしています。この結果は、固体冷媒の探索への新たな指針を提示しています。
第3回 (6/7)
後藤 真人 (島川研、助教)
"Experimental observation of high thermal conductivity in boron arsenide"
J. S. Kang, et al., Science, 361, 575 (2018).
これまでは、ダイヤモンドなどの強い結合をもち軽い元素で構成された結晶でのみ、非常に高い格子熱伝導率を示し得ると考えられてきたが、最近の理論研究により、軽い元素と重い元素の組み合わせをもつ立方晶構造のホウ化ヒ素(BAs)において、非常に高い熱伝導率を示すことが示唆された。著者らは、輸送法を用いることで、格子欠陥のない純良な単結晶BAsの合成に成功し、室温で1000 W/mK以上という極めて高い熱伝導率を示すことを明らかにした。このBAsにおける高い熱伝導率は、BAsの特徴的なバンド構造に起因した、非常に長い平均自由工程と4次以上の高次の非調和フォノン過程の寄与により説明することができる。
西村 幸恵 (小野研、D3)
"Spontaneous distortion via the appearance of ferromagnetism in Pd ultrathin films: Observation of an inverse mechanism for the Stoner criterion"
S. Sakuragi, et al., Phys. Rev. B, 97, 214421 (2018).
本論分では、X線CTR(Crystal Truncation Rod)散乱測定と密度汎関数計算を用いて、量子閉じ込め効果によって誘起された強磁性を示すPd(100)超薄膜の磁性の発現と結晶構造の関係を調べました。その結果、磁気モーメントの値が大きくなる試料では試料中の膜厚が揃っており、また面直方向の格子定数が最大0.8%膨張していることが明らかになりました。この結果から、金属超薄膜が強磁性状態を安定化させるために自ら電子状態を変調し、それに伴い強磁性状態の膜構造が安定して成長する機構の存在が明らかになりました。このメカニズムは他の磁性材料に拡張することができ、適切な構造電子工学によって磁気状態および磁化を調整できる可能性を示しています。
第4回 (6/14)
Midori Estefani Amano Patino (島川研、特定助教)
"Magnetism in d0 oxides"
J. M. D. Coey, Nature Materials, 18, 652 (2019).
This comment article discusses the observation of magnetism in oxides of metals with an electronic configuration d0 were no unpaired electrons (and therefore no magnetic moments) are expected to interact to yield magnetic ordering. The oxides discussed in the article exhibit elusive signs of weak temperature-independent ferromagnetism which has been associated with surface defects but has not been proven to originate exclusively from there. The observations which defy the conventional understanding of magnetism in insulating transition metal oxides and two hypothesis that have been proposed to explain them are discussed.
小田 研人 (小野研、D3)
"Tunable inverse spin Hall effect in nanometer-thick platinum films by ionic gating"
S. Dushenko, et al., Nature Communications, 9, 3118 (2018).
非磁性重金属中の電流をそれに垂直方向のスピン流に変換する効果をスピンホール効果という。これは、主に固体のバンド構造と電子の充填具合に起因する。この逆効果を逆スピンホール効果といい、例えばスピンポンピング法によりYIGからPtに注入したスピン流を電気的に検出するのに用いられる。今回、著者らはそのPtの電子状態を制御したところ、逆スピンホール効果により得られる電圧値が変調される様子を観測したので、その結果を報告する。
第5回 (6/21)
菅 大介 (島川研、准教授)
"Catalyst support effects on hydrogen spillover"
W. Karim, et al., Nature, 541, 68 (2017).
水素のスピルオーバー現象(Hydrogen spillover)とは、金属触媒粒子の表面で生成した水素原子が触媒担体へと表面移動する現象のことで、その現象は古くから知られて、また様々な触媒反応に応用されてきました。しかしながら、スピルオーバー現象における水素原子の挙動や、触媒反応に対する役割などよくわかっていない点も多く残されていました。著者たちは高度な微細加工技術を用いて、酸化鉄ナノ粒子と白金ナノ粒子との距離を0から45 nmの間で制御したモデル触媒電極を作製し、X線吸収分光によって鉄の還元度合いを調べることで水素スピルオーバー現象を評価しました。スピルオーバー現象における水素の拡散距離や、触媒粒子の担持基板の影響など、これまでわからなかった水素原子のナノメートル領域での挙動を実験的に明らかにしています。
池渕 徹也 (小野研、D1)
"Rational Design of Proton-Electron-Transfer System Based on Nickel Dithiolene Complexes with Pyrazine Skeletons"
Y. Kimura, et al., Inorg. Chem., 58, 6, 3875 (2019).
プロトン - 電子移動(PET)状態を有する中性ラジカル分子における安定性およびプロトン - 電子カップリングに対する化学修飾の効果を理解するために、実験的および理論的方法を用いてシアノ置換ピラジン骨格を有するニッケルジチオレン錯体を調査した。吸収分光法およびサイクリックボルタンメトリー測定から構築されたPourbaix diagramは、錯体のPET状態が非置換錯体のそれと比較して著しく安定であることを強く示唆している。また、理論計算によると電子求引基の存在によって分子中では大きな非局在電子分布をもつために、結果としてPET状態の安定化をもたらすと予測している。
第6回 (6/28)
石橋 未央 (小野研、D2)
"Strain-tunable magnetism at oxide domain walls"
D. V. Christensen, et al., Nature Physics, 15, 269 (2019).
強弾性体に応力を加えると、異なる方向に配向した結晶構造の相転移を起こすことができる。強弾性体の結晶配向が異なる分域の境界(分域壁)を外力によって制御する試みは盛んに行われてきた。しかしながら、強弾性分域壁の磁気的性質ついてはあまり知られていない。本論文では、SrTiO3試料、およびLaAlO3/ SrTiO3, γ-Al2O3 / SrTiO3ヘテロ構造試料に対して、Scanning SQUID microscopyを用いて磁気状態の空間分布を調査することで、強弾性分域壁に沿った長距離磁気秩序を観測した。また、この磁気状態は局所的な外力を与えることで可逆的に変調することが可能である。
第7回 (7/5)
塩田 陽一 (小野研、助教)
"Chirally coupled nanomagnets"
Z. Luo, et al. , Science, 363, 1435 (2019).
磁気的に結合した微小磁性体は、不揮発メモリー・ロジック演算・センサーなど様々な応用デバイスで用いられている。これまでは積層方向(vertical)に対する磁性層間での結合が最も有効的な結合として使われてきた。本論文では界面ジャロシンスキー守谷相互作用を介して横方向(lateral)に強く結合した微小磁性体の作製に成功した。この結合は面直磁化領域と面内磁化領域の間に形成される磁壁を介したもので、カイラリティを有する。筆者らは今回見出したカイラル結合を用いて人工反強磁性体、スキルミオニウム、人工スピンアイスを作製し、さらに交換結合、無磁場での電流印可磁化反転の実証に成功した。
李 恬 (小野研、D2)
"Nonreciprocal charge transport at topological insulator/superconductor interface"
K. Yasuda, et al., Nature Communications, 10, 2734 (2019).
近年、トポロジカル絶縁体などトポロジカル物質が発見され、スピントロニクス分野で盛んに研究されています。さらに、トポロジカル絶縁体を超伝導体と組み合わせることで、通常の超伝導体と異なるトポロジカル超伝導体の実現が期待されてきました。そこで、著者らはトポロジカル絶縁体と超伝導体の相互作用を研究するために、Bi2Te3とFeTeの界面に着目しました。界面方向に磁場を印加し、電子状態の反転対称性の破れに敏感な非相反抵抗を測定しました。本研究から、トポロジカル絶縁体と超伝導体の界面で、超伝導電流の流れる方向を制御できることが判明しました。
第8回 (7/12)
船田 晋作 (小野研、M2)
"Photoreduction of Hydrogen Cations on TiO2 and Its Impact on Surface Band Bending and the Charge Carrier Recombination Rate: A Photoluminescence Study under High Vacuum Conditions"
S. Ma, et al., J. Phys. Chem. C, 122, 8288 (2018).
半導体TiO2は水分解光触媒として広く実用化されている物質であり、その効率を高めるために多くの研究がなされてきました。その中で著者らは光によって生成した電子とホールの再結合効率を左右する表面のバンド構造に着目し、水素の曝露がTiO2の表面のバンド構造に与える影響をフォトルミネッセンス法によって明らかにしました。本研究からTiO2と水素分子イオンの反応がTiO2の表面のバンド構造を変化させ、空乏層を減少させていることが明らかになりました。
菅野 聡 (島川研、M2)
"Origins of ultralow thermal conductivity in 1-2-1-4 quaternary selenides"
J. J. Kuo, et al., J. Mater. Chem. A, 7, 2589, (2019).
固体材料の結晶構造がその熱輸送特性に与える影響は大きく、非常に重要です。本研究で著者らはBaAg2SnSe4 、BaCu2SnSe4など4種類のSe化合物について熱伝導率を調べ、特に熱伝導率の低かったBaAg2SnSe4においてAg二量体が熱伝導率の低下に大きく寄与していることを見出しました。この結果は特徴的な熱輸送特性をもつ機能性材料のさらなる発見に貢献できると考えられます。
第9回 (7/19)
Fabio Denis Romero (島川研、特定助教)
"Encoding information in synthetic metabolomes"
E. Kennedy, et al., PLOS ONE, 7, 14, (2019).
Biomolecular information systems offer exciting potential advantages and opportunities to complement conventional semiconductor technologies. Much attention has been paid to information-encoding polymers, but small molecules also play important roles in biochemical information systems. Downstream from DNA, the metabolome is an information-rich molecular system with diverse chemical dimensions which could be harnessed for information storage and processing. As a proof of principle of small-molecule postgenomic data storage, here we demonstrate a workflow for representing abstract data in synthetic mixtures of metabolites. Our approach leverages robotic liquid handling for writing digital information into chemical mixtures, and mass spectrometry for extracting the data. We present several kilobyte-scale image datasets stored in synthetic metabolomes, which can be decoded with accuracy exceeding 99% using multi-mass logistic regression. Cumulatively, >100,000 bits of digital image data was written into metabolomes. These early demonstrations provide insight into some of the benefits and limitations of small-molecule chemical information systems.
岩城 宏侑 (小野研、M2)
"Mobile metallic domain walls in an all-in-all-out magnetic insulator"
E. Y. Ma, et al., Science, 350, 6260 (2015).
磁性体中では、スピン配向性の異なる領域「磁区」がランダムに分布している。また各磁区の境界である「磁壁」においては、磁区内とは異なった磁気状態、電子状態が生じており、磁性体全体の磁気的あるいは電気的性質に大きく影響を与える場合がある。近年の理論的研究では、特殊な磁性絶縁体中における磁壁が金属的な性質を示し、高い電気伝導度を持つという興味深い現象が予想されていた。しかし、それを裏付ける実験的な証拠がこれまで無かった。著者らは走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を利用した実空間観測によって、反強磁性絶縁体パイロクロア型酸化物内部の磁壁に金属的性質があることを実験的に初めて確かめた。
第10回 (10/11)
岩城 宏侑 (小野研、M2)
"Electrical current switching of the noncollinear antiferromagnet Mn3GaN"
T. Hajiri, et al., Appl. Phys. Lett., 115, 052403 (2019).
非共線型のスピン構造を持つ反強磁性体(ノンコリニア反強磁性体)は、特異な磁気輸送特性、新規スピン輸送現象を示すといった特徴から、近年の反強磁性体の研究において特に注目されている。著者らは今回、ノンコリニア反強磁性体の一種であるアンチペロブスカイト型Mn化合物とPtの二層膜構造試料を用いて、スピン注入による反強磁性体の磁化反転を観測した。
船田 晋作 (小野研、M2)
"Temporal and spectral fingerprints of ultrafast all-coherent spin switching"
S. Schlauderer, et al., Nature, 569, 383 (2019).
テラヘルツ波とは周波数が100 GHzから10 THz程度の電磁波であり、フェムト秒パルスレーザーの登場によって発生・検出が容易になったことで近年大きな注目を集めている。磁性の分野でも高速スピンダイナミクスを調べるために、テラヘルツ分光を用いた手法が提案・開発されてきた。しかし、発生できるテラヘルツ波の強度が弱いためにスピン反転を引き起こすことは困難であった。そこで、本研究ではアンテナによる近接場増強をテラヘルツ波によるポンプ・プローブ法に適応し、スピンの安定状態間のスイッチングをフェムト秒スケールで直接観測した。
第11回 (10/18)
奥野 尭也 (小野研、D3)
"Scalable energy-efficient magnetoelectric spin-orbit logic"
S. Manipatruni, et al., Nature, 565, 35 (2019).
1980年代前半以降、電子デバイスの大半は相補型金属酸化膜半導体(CMOS)トランジスタの使用に依存してきたが、CMOSの動作原理(絶縁ゲートで半導体の電気伝導をスイッチ制御する)は、トランジスタが10 nmのサイズまで微細化している今日でさえもほとんど変わっていない。インテル社の研究者たちは、CMOSを超える寸法的にスケーラブル(微細化・集積化可能)な論理技術の中でどのようなものが、ノイマン型コンピュータの電力効率と動作性能を向上させ、さらなるコンピューティング技術の成長を可能にするかを検討してきた。本論文においてインテル社とカリフォルニア大学バークレー校の研究チームは、スピン軌道結合と電気磁気(magnetoelectric)スイッチングを組み合わせたスケーラブルなスピントロニクス論理素子を提案している。著者らは、このスピントロニクス論理素子が、CMOS技術と比較して (1) スイッチングエネルギーが優れ(10分の1〜30分の1)、(2) スイッチング電圧が低く(5分の1)、(3) 論理密度が高い(5倍)ことを示す。加えて、(4) このデバイスは不揮発性なので、現代のコンピューティングに不可欠な低い待機電力を可能にする。本論文で提案された論理素子のこのような特性は、多世代にわたるコンピューティング技術革新を実現する可能性がある。
譚 振宏 (島川研、D2)
"A Eu3+-Eu2+ ion redox shuttle imparts operational durability to Pb-I perovskite solar cells"
L. Wang, et al., Science, 363, 265, (2019).
Pb-I系ペロブスカイト太陽電池の開発は盛んに行われている。しかしながら、電池の放電に伴い、Pb0とI0の欠陥が生成する。生成した欠陥はデバイスの放電効率を悪化するだけでなく、デバイスの使用寿命を縮めてしまう。著者らはユーロピウムイオン対(Eu3+-Eu2+)を使用し、Pb0の酸化とI0の還元を同時に行うことに成功した。このイオン対を含んだデバイスのパワー変換効率(PCE)は21.52%に達し、その長期使用耐久時間が大きく伸びることが確認された。
第12回(10/25)
安藤 冬希 (小野研、D3)
"The Josephson heat interferometer"
F. Giazotto, et al., Nature, 492, 401 (2012).
超伝導は電子系の波動関数の「位相」が全体にわたって一つの値に揃った秩序状態のことであり、その位相コヒーレンスが関わる代表的な現象としてジョセフソン効果があります。ジョセフソン効果とは、弱く結合した2つの超伝導体間に「両者の位相差に依存した」超伝導電流が流れる現象であり、幅広く使われているSQUIDの基盤となっています。ところで、電子は電荷だけでなく熱の担体でもあるので、ジョセフソン接合を流れる熱流も超伝導体間の位相差の2π周期関数になるはずである、と予言されていました。そこで、著者らは直流SQUIDを挟んだ2つの電極間に温度差を与えて熱輸送の外部磁場依存性を調べたところ、回路内の熱流は確かに磁束量子の周期で変化しており当初の予言と一致することが分かりました。この結果は、位相コヒーレントな熱の操作への可能性を示しています。
菅野 聡(島川研、M2)
"Suppression of the antiferromagnetic metallic state in the pressurized MnBi2Te4 single crystal"
K. Y. Chen, et al., Phys. Rev. Materials, 3, 094201 (2019).
近年、バルクの物性研究においてはトポロジカル物質の研究が注目を集めており、非常に盛んです。また、トポロジカル絶縁体Bi2Te3が高圧下で超伝導を示すなどの例もあり、トポロジカル物質の圧力による物性変化を評価する手法は広く知られています。本研究では、トポロジカル物質との関連が期待されている反強磁性体MnBi2Te4の単結晶を用いて、高圧下での抵抗率測定、ホール抵抗測定などから電気伝導性の変化を評価しました。実験結果からMnBi2Te4は高圧下で半導体的な電気伝導性を示すことが分かり、著者らは本研究がトポロジカル絶縁体における完全なバルク絶縁状態の達成に寄与するのではないかと述べています。
第13回(11/1)
三戸 惇矢 (島川研、M3)
"High thermoelectric power factor of ytterbium silicon-germanium"
S. Tanusilp, et al., Appl. Phys. Lett., 113, 193901 (2018).
熱電変換技術は、未利用熱エネルギーを有効活用する次世代の発電技術として関心を集めているが、既存材料で高い熱電特性を示す物質には、毒性や希少性などに問題があった。本論文では、新しい熱電材料としてYbSiGeを提案し、室温から100℃付近までの低温域で、既存材料よりも高い熱電変換出力因子を示したことを報告している。
小杉 佳久 (島川研、M2)
"Multilayer Lead-Free Ceramic Capacitors with Ultrahigh Energy Density and Efficiency"
J. Li, et al., Adv. Mater., 30, 1802155 (2018).
反強誘電体は、反強磁性体と同様に、単位胞あたりに向きの異なる電気双極子モーメントをもつことで全体として分極を持たない物質である。反強誘電体は特徴的な電場応答をするため、コンデンサーでエネルギー密度を大きくできると期待されている。本研究で筆者らは、リラクサーと反強誘電性の特徴を組み合わせることで、高いエネルギー密度とエネルギー効率を同時にもたせることを提唱した。そこで、有毒なPbを用いない(Na-0.5Bi0.5)TiO3-x(Sr0.7Bi0.2)TiO3の誘電体を合成して層状構造をもつコンデンサーを作成することで、9.5 J cm-3という高いエネルギー密度と92%という高いエネルギー効率を実現した。
第14回 (11/8)
島川 祐一 (島川研、教授)
"Superconductivity in an infinite-layer nickelate"
D. Li, et al., Nature, 572, 624 (2019).
無限層構造Ni酸化物で超伝導が発見されました。何故この物質が注目を集めるのか、この発見は超伝導の研究にとってどのような意味があるのか、を考えたいと思います。実は、「無限層構造Ni酸化物」薄膜は、島川研でも10年前に作製して論文を発表しています。それから10年、超伝導を発見するまで実験を続けたStanford大学チームに拍手です。
洪 トa (小野研、D1)
"Manipulating exchange bias by spin-orbit torque"
P. Lin, et al., Nature Materials, 18, 335 (2019).
Exchange bias, a shifting in the hysteresis loop of a ferromagnet arising from interfacial exchange coupling between adjacent ferromagnetic (FM) and antiferromagnetic (AFM) layers, is an integral part of spintronic devices. Besides, spin-orbit torque (SOT) generated from spin current, becomes a promising approach to switch the FM magnetization of the next-generation magnetic-random-access-memory technologies. In this paper, the authors found that concurrent FM magnetization switching and exchange bias could be induced by applying current pulse into a Pt/Co/IrMn trilayers, and with different underlying mechanisms. The results indicated that magnetization switching and exchange bias could be manipulated independently, which would motivate innovative designs for future spintronics devices.
第15回 (11/15)
森山 貴広 (小野研、准教授)
"Robustness of Voltage-induced Magnetocapacitance"
H. Kaiju, et al., Scientific Reports, 8, 14709 (2018).
強磁性体/絶縁体/強磁性体の三層膜で構成される強磁性トンネル接合素子は、スピントロニクス応用において最も重要な素子の一つです。強磁性体の磁化の相対角に応じて、大きな磁気抵抗効果(トンネル磁気抵抗効果:TMR)を発現するため、次世代磁気メモリ(磁気ランダムアクセスメモリ:MRAM)等の応用に向けて研究・開発が盛んに行われています。しかし,接合に電圧を加えるとその効果が小さくなることが大きな問題となっていました。本論文では、抵抗変化ではなく、磁性体の磁化の相対角に応じた静電容量の変化(磁気キャパシタンス効果:TMC)に着目し、接合に電圧を加えることでTMC効果が増大することを発見しました。これはTMR効果には見られない,TMC効果特有の新現象であり、次世代超高感度磁気センサや磁気メモリ実現に新たな道を切り拓くものです。
宮坂 優太 (小野研、M1)
"Spin-orbit torques and their angular dependence in ferromagnet/normal metal heterostructures"
H. K. Gweon, et al., Appl. Phys. Lett., 115, 122405 (2019).
スピン軌道トルク(SOT)は主に、磁化とスピン編極の外積であるm×yの項が大部分を占めるとして考えられていた。しかしながら高次の項には電流や面直方向との外積成分(m×x,m×z)も含まれており、近年こういった高次の項も無視できないSOTを生じる系が実験的に報告されている。これらの物理的な起源はいまだ明確ではないが、SOTスイッチングの実用化にむけて理解を深めることが必要である。筆者らは様々なX(Pt, Ru, Pd, Cu, Mo, W, Ta)で Pt/Co/Xの三層構造の膜に対してHarmonic Hall測定を行い、前述の高次の項の割合がCo-X間の仕事関数の差に依存していることを実験的に観測した。筆者らはこの結果をCo-X間のラシュバスピン軌道相互作用によるものだと結論づけている。
第16回 (11/22)
岡ア 聖斗 (島川研、M1)
"Double Double Cation Order in the High-Pressure Perovskites MnRMnSbO6"
E. S. Madruga, Angew. Chem., 55, 9340 (2016).
ABO3ペロブスカイトの陽イオン秩序は、その化学的多様性によって磁性などの特性につながる。そのため、陽イオンのサイズを変化させることで、新たな構造と特性を持つペロブスカイトの発見につながる可能性がある。本研究では、多様な陽イオンを用いて、高温高圧条件下での合成により、新しいタイプのダブルダブルペロブスカイト構造を有するMnRMnSbO6 (R = La, Pr, Nd, Sm) を発見した。これは正方晶構造であり、AサイトとBサイトの両方に1対1の陽イオンを有し、AサイトのMn2+とR3+は柱状型、BサイトのMn2+とSb5+は岩塩型配列となっている。また、この化合物は低温でフェリ磁性であり、スピン再配向遷移を起こすことが確認された。
小林 裕太 (小野研、M1)
"Hybrid chiral domain walls and skyrmions in magnetic multilayers"
W. Legrand, et al., Sci. Adv., 4, eaat0415 (2018).
筆者らは多層膜構造において磁壁がネール磁壁とブロッホ磁壁のハイブリッド状態になっていることを実験的及び理論的に示しました。更に多層膜構造におけるスキルミオンのダイナミクスの指標をシュミレーションによって求めています。
第17回 (11/29)
小野 輝男(小野研、教授)
"Integer factorization using stochastic magnetic tunnel junction"
W. A. Borders, et al., Nature, 573, 390 (2019).
私たちが使っているコンピュータでは、情報はビット(0あるいは1)によって2進数として表され、計算は決定論的に行われます。コンピュータの進化は素晴らしいですが、それでも解くのが難しい問題(逆問題、最適化問題など)があります。0状態と1状態の重ね合わせを使う量子コンピュータは、そのような現在のコンピュータが苦手とする問題を効率的に解くことが出来ると期待されていますが、量子コンピュータの実現には解決すべき問題がたくさんあるようです。本論文では、磁気メモリ(MRAM)に使われている磁気トンネル接合をp-bitとして用い、それらを複数並べてprobabilistic computerを作製し、実際に因数分解が出来ることが示されています。
鈴木 郁美 (島川研、M1)
"Two-dimensional itinerant ferromagnetism in atomically thin Fe3GeTe2"
Z. Fei, et al., Nature Materials, 17, 778 (2018).
層状の単位構造がファンデルワールス力により結合している物質をファンデルワールス材料と呼び、単位構造数層分の薄膜試料を作製することで、低次元性が増すことによりバルクとは異なる特性が生じることが知られている。これらの薄膜試料では層数を変化させることで物性が変化することもあり、新しい材料特性の発見が可能になる。本研究ではファンデルワールス材料の一種であるFe3GeTe2の単結晶を合成し、表面を剥離することで層数の異なる薄膜試料を作製した。磁化測定の結果、層数に依存した2次元的強磁性が発現することを見出した。
第18回 (12/6)
野田 薫 (小野研、M1)
"Interface-driven chiral magnetism and current-driven domain walls in insulating magnetic garnets"
C. O. Avci, et al., Nature Nanotechnology, 14, 561 (2019).
強磁性金属薄膜とPtなどの非磁性重金属の界面においては大きなDzyaloshinskii-Moriya相互作用が働き、電流により効率的に駆動可能な、一様なカイラリティを持つ磁壁やスキルミオンが安定化されます。これまで、反転対称性を有する酸化物におけるカイラルな磁気秩序は観測されていませんでした。本研究において著者らは、純スピン流による磁壁駆動が可能であるようなカイラルな磁気秩序が、磁性酸化物であるフェリ磁性体希土類鉄ガーネット(TmIG,TbIG)中に存在することを確認しました。さらに、界面Dzyaloshinskii-Moriya相互作用が比較的小さいにもかかわらず、フェリ磁性磁気秩序に由来する反強磁性的なスピンダイナミクスの為にスピン流誘起磁壁移動速度が800m/s以上にも達することを報告しています。