2020 年度
第1回 (5/15)
Anucha Koedtruad (島川研、D3)
"Site-Occupation-Tuned Superionic LixScCl3+xHalide Solid Electrolytes for All-Solid-State Batteries"
Liang, J. et al., J. Am. Chem. Soc., 142, 7012 (2020).
Lithium Metal Halides have been revealed as highly potential solid electrolytes for all-solid-state lithium batteries. This work has investigated structural, Li+ conductive, chemical and electrochemical properties of LixScCl3+x (x = 2.5, 3, 3.5, 4) electrolytes. The compounds possess a similar cubic-close-packed Cl- arrangement with monoclinic structure, but different site occupancy values of Sc3+ and Li+. With increasing x, the site occupancy of Sc3+ decreases along with increased site occupancy of Li+ leading to lower Li+ vacancy concentration and less blocking effects from Sc3+, which enable the ability to adjust the Li+ diffusion. The highest Li+ conductivity, 3.02 x 10-3 S/cm at 25 oC, is achieved for Li3ScCl6 through balancing Li+ carrier and vacancy concentrations that minimize the Sc3+ blocking effect. Li3ScCl6 shows chemical stability up to 4.3 V vs Li+/Li, stable electrochemical charging/discharging voltage with Li anodes in Li/Li3ScCl6/Li cell, great compatibility with commercial LiCoO2 cathodes, and stable charging/discharging capacity with LiCoO2 cathode in LiCoO2/Li3ScCl6/In cell. These good properties make the compound significantly attractive for practical application.
池渕 徹也 (小野研、D2)
"Free radical sensors based on inner-cutting graphene field-effect transistors"
Wang, Z. et al., Nature communications, 10, 1 (2019).
生理学および病理学の分野ではフリーラジカルが及ぼす影響を評価することが重要であるが、ラジカルの高い反応性のために、特にヒドロキシルラジカル(・OH)を直接測定することは困難である。ここでは電界効果トランジスタを利用して・OH のセンサーを開発する試みが行われた。それにより、・OHは10^-9 Mまでの濃度で選択的に検出することが可能になり、生物学的研究、人間の健康、環境モニタリングなどへの応用が期待される。
第2回 (5/22)
譚 振宏 (島川研、D3)
"Probing the critical nucleus size for ice formation with graphene oxide nanosheets"
Bai, G., et al., Nature, 576, 437 (2019).
水の凍結はどこにでも生じ得る現象であると同時に、気候、化学工業、凍結生物学、材料科学などの多様な分野に影響を与えている。水が凍結するためには、氷の核生成が制御すべきステップであり、そのためには「臨界氷の核」の形成が必要であると約1世紀もの期間考えられてきた。しかしながら、この「臨界氷の核」はサイズが非常に小さく、存在する時間も極めて短いため、直接的な実験的証拠は存在しなかった。著者らは異なるサイズのグラフェン酸化物のナノシートを含んだ水滴を用いて、氷の核生成に関する実験を行った。その結果、グラフェン酸化物のナノシートの大きさがある臨界サイズよりも大きい場合のみ、氷の核生成に大きな影響を与えること、またその臨界サイズは水滴の過冷却の度合いによって変化することを示した。
李 恬 (小野研、D3)
"Real-space imaging of confined magnetic skyrmion tubes"
Birch, M. T. et al., Nature Communications, 11, 1726 (2020).
渦の形を持つ電子スピンの集合体である磁気スキルミオンは二次元の構造として知られているが、実際は材料の膜厚方向に伸ばされ、筒状に存在すると言われている。このスキルミオンチューブはスキルミオンについての理解を深めるのに重要であるが、実験的に観測した報告はなかった。そこで本論文では共鳴磁気X線画像とマイクロマグネティックシミュレーションを用いて、FeGeの板の中のスキルミオンチューブをリアルスペースで観測した。
第3回 (5/29)
Fabio Denis Romero (島川研、特定助教)
"Counterexample to Euler’s conjecture on sums of like powers"
Lander, L. J. et al., Bull. Amer. Math. Soc., 72, 1079 (1966).
The authors present the results of a brute force calculation which disproves a 300-year old conjecture.
宮坂 優太 (小野研、M2)
"Nonreciprocal charge transport in noncentrosymmetric superconductors"
Wakatsuki, R. et al., Science Advances, 3, e1602390 (2017).
結晶構造中における空間反転対称性の破れは、様々な物理現象を引き起こす。その中の一つに、電荷輸送の非相反性がある。これまで空間反転対称性の破れた常伝導体結晶ではこの非相反性が実験的にも観測されてきたが、超伝導体の整流性の研究は今まで行われていない。
筆者らは原子膜材料であるMoS2の電気二重層トランジスタ構造を用いることで空間反転対称性の破れた2次元超伝導体の整流特性を観測した。さらに整流特性が超伝導-常伝導間のゆらぎの領域で増大することも観測し、フェルミエネルギーと超伝導ギャップのエネルギースケールの比が由来であると説明した。
筆者らはこの理論は空間反転対称性の破れた超伝導体一般に成り立つとし、様々な空間反転対称性の破れた超伝導体の研究の礎になるだけでなく、超伝導ダイオードなどの超伝導ナノエレクトロニクスの開拓へと繋がると期待している。
第4回 (6/5)
岡﨑 聖斗 (島川研、M2)
"The role of A-site cation size mismatch in tune the catalytic activity and durability of double perovskite oxides"
Pang, S. et al., Applied Catalysis B: Environmental, 270, 118868 (2020).
二重ペロブスカイト酸化物は、エネルギー変換 / 貯蔵のための触媒として幅広く利用されている。中でも固体酸化物形燃料電池 (SOFC) には、水素や天然ガスなどを直接電気に変換するための触媒として用いられている。一般に燃料電池はエネルギー利用効率に優れ、次世代発電技術として期待されている。ただしこの装置が今後さらに普及するには、触媒活性と耐久性の向上が不可欠である。
本研究では、著者らは、二重ペロブスカイト酸化物が触媒として用いられる際に、Aサイトのカチオンサイズの不一致 (MA) が、表面構造と電気化学的性質 (触媒活性、耐久性) に寄与する重要なパラメーターであることを初めて提案した。実験ではPrBa1-xCaxCoCuO5+δ (x = 0.0, 0.3) の2種類のサンプルについて、結晶構造、表面微細構造、電気化学的活性および耐久性などを分析・評価し、比較した。
石橋 未央 (小野研、D3)
"Ultrafast spin-lasers"
Lindemann, M. et al., Nature, 568, 212 (2019).
今日では、扱う情報量の大容量化に伴い、情報伝送速度の高速化は重要な課題である。光を伝送媒体とする光通信は高速伝送に適しており、半導体レーザを用いた伝送速度のさらなる高速化が求められている。しかし、キャリアとフォトンの密度を変調する従来型の半導体レーザでは、素子の温度上昇による緩和振動の共鳴周波数の飽和のために高速化に限界がある。そこで、キャリアとフォトンの密度ではなく、キャリアのスピンとフォトンのスピンを使ったスピンレーザが積極的に研究されている。
本論文において、筆者らは、金属ストライプ上の垂直共振器型面発光レーザ(VCSEL)アレイをまげて、複屈折を高めることによって生じた出力光の偏光振動を利用し、室温において、200 GHz以上の変調周波数を実現した。本論文で得られた変調周波数の値は、最も速い従来型の半導体レーザの変調周波数よりも、およそ一桁大きい。高速動作スピンレーザの研究において、本研究結果は大きな前進である。
第5回(6/12)
鈴木 郁美 (島川研、M2)
"Freestanding crystalline oxide perovskites down to the monolayer limit"
Ji, D. et al., Nature, 570, 87 (2019).
2D遷移金属酸化物ペロブスカイトは新たな特性を示すとして期待されてきたが、3D酸化物の結晶を剥離、または強く結合した酸化物膜を基板から持ち上げることはこれまで技術的な課題となっていた。
本論文において筆者らは、犠牲緩衝層として水溶性のSr3Al2O6を使用し、反応性分子線エピタキシー法により転写可能な高品質のペロブスカイト酸化物結晶膜SrTiO3及びBiFeO3を作製した。BiFeO3自立膜においては2D極限に近づくと巨大正方性と巨大分極が示された。また、酸化物自立膜には結晶秩序を安定化させる臨界厚さが存在しないことを実証した。
厚さの制限がなく転写が可能な2Dペロブスカイト酸化物により新しいヘテロ構造の作製も可能となり、新世代の多機能電子デバイスの開拓へと繋がると筆者らは予想している。
久富 隆佑 (小野研、助教)
"Waveguide cavity optomagnonics for broadband multimode microwave-to-optics conversion"
Zhu, N. et al., Optica, 7, 1291 (2020).
オプトマグノニクス分野とは、光で磁性体中のマグノンを制御することを目指し、それらの間の相互作用を探求する分野である。近年、マグノンが光・マイクロ波双方と相互作用するという特徴を利用し、マグノンを光とマイクロ波間の波長変換機として用いる研究が進められている。本論文では、これまで実装されてこなかった磁性体製の導波路型共振器を作製することにより、光そしてマグノンそれぞれを共振させることに成功している。そして、既存の変換効率を大幅に上昇させ、量子波長変換機の実現に近づいたことを報告している。
第6回(6/19)
Sean Dusan Alexander Injac (島川研、PD)
"High-Pressure Synthesis of 5d Cubic Perovskite BaOsO3 at 17 GPa: Ferromagnetic Evolution over 3d to 5d Series"
Shi, Y. et al., Journal of the American Chemical Society, 135, 16507 (2013).
Investigation of isostructural and isoelectronic 3d, 4d, and 5d compounds, as was performed by the authors in the group BaMO3 (M = Fe, Ru, Os) is used to further understanding of the physical phenomena displayed by 4d and 5d metal oxides.
小野 輝男 (小野研、教授)
"First M87 Event Horizon Telescope Results. I.The Shadow of the Supermassive Black Hole"
Collaboration, T. E. H. T. et al., ApJL, 875, L1 (2019).
先日、全国一斉に花火が打ち上げられました。企画した方の一人は「上を向いてほしい」と仰っていました。残念ながら宇治からは音も聞こえなかったようですが、星空を見上げることは出来ました。日頃は目に見えないほど小さいものを見るために下を向いて顕微鏡を覗いていますが、たまには宇宙の果てに思いを馳せてみましょう。
今回紹介するのはEvent Horizon Telescopeというプロジェクトによる報告です。本報告は、紹介する論文の他に、"Array and Instrumentation(28pp)", "Data Processing and Calibration(32pp)", "Imaging the Central Supermassive Black Hole(52pp)", "Physical Origin of the Asymmetric Ring(31pp)", "The Shadow and Mass of the Central Black Hole(44pp)" と全体で6つの論文からなる長編です。その内容はブラックホールと推察される領域を電波望遠鏡で調査したものであり、「ついにブラックホールの直接撮影に成功」と報じられたことを覚えている方も多いと思います。本論文はブラックホール研究の良いレビューともなっており読みやすいです。
第7回(6/26)
菅 大介 (島川研、准教授)
"Remote epitaxy through graphene enables two-dimensional material-based layer transfer"
Kim, Y. et al., Nature, 544, 340 (2017).
"Heterogeneous integration of single-crystalline complex-oxide membranes"
Kum, H. S. et al., Nature, 578, 75 (2020).
エピタキシャル薄膜作製技術など、原子レベルで異なる物質を積層する技術は、物性開発やデバイス作製において重要です。本論文は、薄膜と基板との間にグラフェンを挿入した状態でも、半導体や酸化物など様々な物質をエピタキシャル成長できることを報告しています。また著者らは、今回開発したエピタキシャル薄膜成長技術(remote epitaxyと名付けられています。)を用いると、薄膜層を容易に基板から剥離させる(freestanding状態にする)ことができることも示しています。さらにfreestanding状態にある薄膜を用いて新しいヘテロ接合の作製にも成功しています。
洪 鈺珉 (小野研、D1)
"Magnon Transistor for All-magnon Data Processing"
Chumak, A. V., et al., Nature Communications, 5, 4700 (2014).
Magnonic device, an emerging technology in the basis of magnon physics, was proposed to achieve low waste heat because of its particle-less property. In this research, the authors proposed a magnon-based transistor structure on yttrium iron garnet (YIG). In this transistor, the data could be transported with magnons, and controlled by the injection of magnons with forbidden frequency of YIG. The underlying physics of data switching could be explained with the Four-magnons Scattering Model. Furthermore, the authors demonstrated logic operation based on the transistor, which could be referred to as all-magnon data processing. According to the proposal, much simpler logic circuits could be achieved, and could speed up the development of devices with low power consumptions.
第8回(7/3)
徐 源慧 (客員研究員)
"High-Pressure Synthesis, Crystal Structure, Chemical Bonding, and Ferroelectricity of LiNbO3-Type LiSbO3"
Inaguma, Y. et al., Inorganic chemistry, 57, 15462 (2018).
A polar LiNbO3 (LN)-type oxide LiSbO3 was synthesized and found to exhibit ferroelectricity. The electronic structure calculations of LN-type LiSbO3 suggest a covalent-bonding character between Sb and O. A second-order ferroelectric-paraelectric phase transition occurs at a Curie temperature of Tc = 605 ± 10 K in LN-type LiSbO3. The perovskite-type LiSbO3 (Pnma) is less stable than LN-type LiSbO3 (R3c) under even high pressure, and the ambient phase (Pncn) of LiSbO3 directly transforms to LN-type phase under high pressure. The phase stability of LN-type LiSbO3 and the polar and ferroelectric properties are rationalized by the covalent bonding of Sb-O and the relatively weak Coulomb repulsion between Li+ and Sb5+.
小林 裕太 (小野研、M2)
"Electrical manipulation of a topological antiferromagnetic state"
Tsai, H. et al., Nature, 580, 608 (2020).
Mn3Snは反転対称性の破れた磁化構造を持つ反強磁性体であり、その磁化構造由来のバンド構造の効果により正味の磁化を持たないにも関わらず異常ホール効果を示す。本論文は、スピントルクによってMn3Snの磁化構造を制御することに成功したことを示すものである。
第9回(7/10)
野田 薫 (小野研、M2)
"Electric field effect on the magnetic domain wall creep velocity in Pt/Co/Pd structures with different Co thicknesses"
Koyama, T., et al., Applied Physics Letters, 116, 092405 (2020).
垂直磁気異方性をもつPt/Co/Pdにおいて、磁壁のクリープ速度がゲート電圧を印加することで大きく変化することが分かりました。これは界面Dzyaloshinskii-Moriya相互作用(DMI)の変調によるものであると著者らは主張しています。
第10回(10/9)
鈴木 郁美 (島川研、M2)
"Conversion of non-van der Waals solids to 2D transition-metal chalcogenides"
Du, Z. et al., Nature, 577, 492 (2020).
遷移金属カルコゲナイド二次元原子層は、剥離や気相成長により合成されるが、相を制御した2D構造を得ることはいまだに困難とされている。
本論文では、非ファンデルワールス固体から相が特定されている二次元ファンデルワールス遷移金属カルコゲナイド層への合成を行なっている。この合成法は安定な二次元材料を容易に作製できる汎用的な方法であり、工業スケールに拡張できる可能性がある。
また、最終的に二次元材料は液体インクの形で得られ、材料の質を劣化させる原因となる、基板から膜を剥がす剥離プロセスが必要なく、任意の基板上に簡単に塗布することができる。
小林 裕太 (小野研、M2)
"Majorana quantization and half-integer thermal quantum Hall effect in a Kitaev spin liquid"
Kasahara, Y. et al., Nature, 559, 227 (2018).
α-RuCl3は量子スピン液体の厳密解として提案されたキタエフモデルの候補物質として近年精力的に研究されています。本論文はα-RuCl3において、熱ホール効果が量子ホール効果で観測される値の半分に量子化することを示したものです。本成果によって電子スピンの分裂によってマヨラナ・フェルミオンとZ2渦が生じていることの直接的な証拠となります。
第11回(10/16)
岡﨑 聖斗 (島川研、M2)
"Boosting the Electrochemical Performance of Fe-Based Layered Double Perovskite Cathodes by Zn2+ Doping for Solid Oxide Fuel Cells"
Ren, R. et al., ACS Applied Materials & Interfaces, 12, 23959 (2020).
固体酸化物形燃料電池 (SOFC) は次世代の発電技術として期待されているが、今後の普及のために更なる高効率化と高耐久化が求められている。そこで近年、酸素イオンおよび電子の両方が導電を示すため、活性部位を酸化物表面全体に拡張できる電子性混合伝導体 (MIEC) が注目されている。しかしこれまでに報告されているMIECはCoやMnベースのものが多く、それらは熱膨張係数が電解質と乖離しているため、長期的に使用すると性能が下がるという課題がある。
本研究では、これまで酸素還元反応に対して不活性であるといわれていたFeベースの層状二重ペロブスカイト酸化物に、Znをドープした。その結果、正孔の濃度と酸素空孔量の制御に成功し、中でもPrBaFe1.9Zn0.1O5+δの単セルはこれまで報告されているFeベースのカソードの中で最高の出力性能を示した。さらにこの物質は熱膨張係数が電解質のそれと近く、長期的に安定である。従って本報告は次世代SOFC用カソード触媒を設計するうえで、新たな方向性を示すと考えられる。
野田 薫 (小野研、M2)
"Magneto-optical painting of heat current"
Wang, J., et al., Nature Communications, 11, 2 (2020).
電子スピンデバイスにおいて、熱流を制御することはデバイスを熱的に管理するために重要です。本論文において、著者らは磁性体中に電流を流した時に生じる熱流の方向を、円偏光を照射して磁化の向きを変えることによって制御できることを示します。この熱制御機能性はナノスケールにおける熱エネルギー工学の発展に寄与するものです。
第12回(10/23)
Midori Estefani Amano Patino (島川研、特定助教)
"Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride"
Snider, E. et al., Nature, 586, 373 (2020).
A new record for superconductivity has been achieved by a mystery carbonaceous sulfur hydride material. The material seems to become superconductive at temperatures of up to ~15℃, far warmer than the conditions usually needed for the phenomenon. However "there’s a catch": the material survives only at extremely high pressures (above 220 GPa approaching those at the centre of Earth). That means the material is very difficult to characterize and the scientific community is far from being able to propose immediate applications.
宮坂 優太 (小野研、M2)
"Enhanced spin pumping into superconductors provides evidence for superconducting pure spin currents"
Jeon, K.-R. et al., Nature materials, 17, 499 (2018).
超伝導体中のスピン由来の現象についての研究は盛んに行われており、スピン緩和時間の変化、スピン起動相互作用の増大などが報告されてきた。強磁性体と超伝導体を接合したジョセフソン接合下に置いて生じる、スピン3重項クーパー対による超伝導スピン輸送も予測されているが、直接観測した例は無い。筆者らは、強磁性層・超伝導層・スピンシンク層からなるPt/Nb/Ni80Fe20/Nb/Pt構造の試料に対してFMR測定を行った。その結果、FMR測定によるダンピング値の増減から、Pt層を加えることよって超伝導スピン輸送を観測することができたと述べている。
第13回(10/30)
島川 祐一 (島川研、教授)
"Untethered and ultrafast soft-bodied robots"
Wang, X. et al., Communications Materials, 1, 1 (2020).
「磁石が組み込まれたソフトロボットでより多くのハエを捕まえる」というメール配信で受け取った日本語のタイトルに惹かれて、この論文を取り上げることにしました。前半は、論文に沿って、磁石を埋め込んだエラストマーで作ったソフトロボットを磁気駆動によりリモートで高速に動作させることができる例を紹介します。後半は、この論文を題材に『論文を訳す』ことについて、皆さんと議論してみたいと思います。
船田 晋作 (小野研、D1)
"Light-field-driven currents in graphene"
Higuchi, T., et al., Nature, 550, 224 (2017).
光(可視光)は1014~1015Hz程度の非常に高い振動数を持っており、光電場を利用した電子の制御が可能になればエレクトロニクスが飛躍的に高速化すると考えられています。しかしながら、良導体、特に金属の場合、光による電場が遮蔽されてしまい光電場で駆動する電子の測定は困難でした。本論文において著者らはグラフェンにパルス光を照射したときに流れる電流の大きさがパルス光の中の光電場の位相(CEP:carrier-envelope phase)によって変化することを観測し、これが光電場によって駆動された電子の干渉によるものであると示しました。
第14回(11/6)
後藤 真人 (島川研、助教)
"Iron-based binary ferromagnets for transverse thermoelectric conversion"
Sakai, A. et al., Nature, 581, 53 (2020).
熱電変換は、未使用の熱エネルギーを有効利用する発電技術として関心を集めている。これまでは熱電変換技術として、温度差に対して平行に起電力を生じるゼーベック効果が用いられていた。異常ネルンスト効果と呼ばれる垂直熱電効果を用いることができれば、温度差に対して垂直に発電できるため、デバイスのフレキシブル化が容易で効率よく発電が行えるという利点があるが、一般に異常ネルンスト効果はゼーベック効果よりもはるかに小さいという問題があった。
著者らはFe3Al, Fe3Gaといった安価でありふれた元素のみの組み合わせの化合物の薄膜試料において、室温で大きな異常ネルンスト効果を示すことを見出した。今回の結果は、低コストでフレキシブルな熱電変換素子の設計への道を開く可能性がある。
平田 雄翔 (小野研、D3)
"Direct Photoluminescence Probing of Ferromagnetism in Monolayer Two-Dimensional CrBr3"
Zhang, Z. et al., Nano Letters, 19, 3138 (2019).
磁性を持つファンデルワールス材料は、2次元層状物質を用いたスピントロニクスの実現に向けた鍵となる物質です。著者らは単原子層のCrBr3試料に関して磁気フォトルミネッセンスを測定し、単原子層のCrBr3がキュリー温度34Kの強磁性体であることを確認しました。
第15回(11/13)
小杉 佳久 (島川研、D1)
"Collective bulk carrier delocalization driven by electrostatic surface charge accumulation"
Nakano, M. et al., Nature, 487, 459 (2012).
強相関電子系は超伝導をはじめとする新奇な物理現象の舞台として盛んに研究されている。特に強相関電子系の遷移金属酸化物では、圧力や磁場、光などの外場により相転移を誘起できることが明らかになり、次世代電子デバイスの候補材料として期待されてきた。しかし、産業上重要な電圧による相転移は、大きな電界を必要とするため困難であった。本論文で著者らは、固体・電解質界面で生じる電気二重層による蓄電効果を利用して金属絶縁体相転移を電場誘起させることで、強相関電子物質VO2を伝導チャネルとする電界効果トランジスタを実現した。このトランジスタは1Vという低いゲート電圧で動作が可能であり、強相関電子材料を用いた低消費電力な電子デバイスの実現につながると期待される。
森山 貴広 (小野研、准教授)
"Viscous electron fluids"
Polini, M. et al., arXiv preprint arXiv:1909.10615 (2019).
本雑誌会では、電子の流体力学的な振舞について紹介します。私たちはよく、金属や半導体中の自由電子を、希薄ガス中に漂う分子や原子の様に簡略化して考えます。つまり、自由電子はほぼ孤立して運動しており、たまに散乱体により散乱されることになります。この様な考え方はほとんどの場合正しいです。しかしながら、電子間の衝突が頻繁に起こるような条件下では、電子は流体力学的(=粘性をもつ流れ)な挙動を見せます。この様な領域では、電流の逆流や渦といった流体力学特有の現象がみられるようになり、もはやオームの法則はグローバルには成り立たなくなります。本雑誌では、グラフェンを材料として流体力学的な電流の振舞について観測・議論しています。
第16回(11/20)
飯星 眞 (島川研、M1)
"Oxidation-controlled magnetism and Verwey transition in Fe/Fe3O4 lamellae"
Do, H. M. et al., Journal of Science: Advanced Materials and Devices, 5, 263 (2020).
高エネルギーボールミルと酸化制御により合成されたFe/Fe3O4ナノコンポジットの構造と磁性が研究されている。そのナノコンポジットのX線回折法での結晶構造解析によりFe相とFe3O4相の共存を確認した。酸化プロセスにおける酸素濃度を増加させることで、結晶性と組成比の良いFe3O4相の割合は大きくなった。そのナノコンポジットの形態を調べることで、厚さ30nmほどのラメラ様構造を明らかにした。Fe3O4相の比率が増えると飽和磁化が減少した。また保磁力は、Fe3O4相の異方性の熱揺らぎの影響で、低温では大きく、高温では小さくなった。興味深いことに、このラメラでは、結晶性の欠陥や組成比のばらつきにより小さくなる、あるいは見えなくなることの多いFe3O4微粒子のVerwey相転移が120K付近ではっきりと見られた。そのラメラの高磁場中の磁化の温度依存性を、ブロッホの法則を改良したものにより分析した。本研究は、酸化の制御による鉄と鉄酸化物の微粒子系における磁性制御の可能性を示唆している。
塩田 陽一 (小野研、助教)
"Optical spin-orbit torque in heavy metal-ferromagnet heterostructures"
Choi, G.-M. et al., Nature Communications, 11, 1482 (2020).
スピントランスファートルクは不揮発磁気メモリーの記録書き込みに用いられるなど、スピントロニクスにおいて応用上重要な役割を果たしている。これまでは、磁化固定層からのスピン偏極電流や重金属中のスピン軌道相互作用を介したスピンホール効果によるスピン流は電気的に生成されていた。もし、光によってスピントランスファートルクを励起することができれば、磁化を高速に制御することが可能である。本論文では、重金属/強磁性ヘテロ接合において、円偏波光を照射することで、ヘリシティーに依存したスピントランスファートルクが働くことを報告している。また、この現象は重金属中の強いスピン軌道相互作用が重要であるとしています。
第17回(11/27)
上野 智貴 (小野研、M1)
"Magnetic field dependence of antiferromagnetic resonance in NiO"
Wang, Z. et al., Applied Physics Letters, 112, 252404 (2018).
近年、反強磁性材料がスピントロニクスデバイスへの応用の観点で注目されています。著者らは著名な反強磁性材料であるNiOについて時間分解ファラデー測定を行い、NiOの反強磁性共鳴の温度と磁場依存性を調べました。結果、高磁場(H>6 T)と低温(T ≤ 253 K)では2つのスピンモードが異なる磁場依存性をもって分解されていて、その記述のためには磁気双極子相互作用と磁気結晶異方性が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
第18回(12/4)
鎌田 太郎 (島川研、M1)
"In situ tuning of electronic structure of catalysts using controllable hydrogen spillover for enhanced selectivity"
Xiong, M. et al., Nature Communications, 11, 4773 (2020).
効率的で選択性の高い触媒の開発は種々の化学分野で重要であり、目的の最終生成物を高収率で得られる不均一性の触媒の開発は長年の課題である。触媒に対する反応の選択性は触媒の活性部位の電子構造に依存するが、活性部位の電子構造は外界の環境に強く影響されるため制御することが困難である。
本論文で著者らはスチレンのCoOx触媒によるエポキシ化反応において活性部位の電子構造を制御することに成功した。具体的には、不均一触媒反応で金属粒子から単体に水素が移動する現象である水素スピルオーバーをAl2O3のナノチューブで制御し、触媒の選択性を向上させられることを発表した。
小見山 遥 (小野研、M1)
"Bose-Einstein condensation of quasiparticles by rapid cooling"
Schneider, M. et al., Nature Nanotechnology, 15, 457 (2020).
普段はばらばらに動いている原子集団が基底状態に落ち込み一つの波のようにふるまう現象をボーズアインシュタイン凝縮(Bose-Einstein condensation; BEC)とよぶ。この現象は今日まで様々な粒子や準粒子で観測されているが、BECを起こすためには極低温にしたり高密度化させるなどの操作が必要である。さらに準粒子は極低温になるとその数を減らしてしまうため、レーザーやマイクロ波などでボゾンを注入させる必要があった。本論文では磁性材料にかける電流パルスのオンオフのみで急速冷却を起こすことで、マグノンのBECを達成することに成功した。この手法はマグノン以外の準粒子にも適用可能であると予想されている。
第19回(12/18)
磯田 洋介 (島川研、M1)
"Emergent electric field control of phase transformation in oxide superlattices"
Yi, D. et al., Nature Communications, 11, 902 (2020).
電圧による駆動でイオンの移動を引きおこす電解ゲーティングは、電場制御型の相転移を実現する強力な手法であることがわかっている。遷移金属酸化物はこの電解ゲーティングの下で強い応答を示す候補物質として考えられるが、現在のところ室温で可逆的な構造変化を示すものはいくつかの化合物に限られている。
本研究では、単独では電圧による可逆的な相転移を示さないSrIrO3とLa0.2Sr0.8MnO3を用いて、これらが交互に配置された超格子薄膜を合成した。この超格子薄膜は、電圧による酸素イオンと水素イオンの移動を媒介にして可逆的な相転移と、それにともなう物性の変化を示すことがわかった。これにより、単独では電圧による可逆的変化を示さない物質を組み合わせた超格子で電圧制御機能を発現させるという新たな戦略が明らかになった。
河原崎 諒 (小野研、M1)
"Magnon-fluxon interaction in a ferromagnet/superconductor heterostructure"
Dobrovolskiy, O. V. et al., Nature Physics, 15, 477 (2019).
強磁性と超伝導は、凝縮系物理学の中で最も基本的な現象である。それは、磁性体の磁気秩序の乱れはスピン波(マグノン)の形で伝搬し、磁場は磁束量子(フラクソン)の格子として超伝導体を貫通するというものである。これまで、波動現象や量子現象の豊富な選択肢が予測されているにもかかわらず、マグノン-フラクソン結合は実験的には観測されていませんでした。ここでは、強磁性体/超伝導体Py/Nb二重膜において、スピン波が磁束格子と相互作用することを明らかにしました。この系では、マグノンの周波数スペクトルがブロッホのようなバンド構造を示し、磁場によって調整できることを明らかにしました。さらに、超伝導体中の輸送電流の作用下で移動する磁束格子上で散乱されたスピン波の周波数スペクトルにドップラーシフトが見られることを明らかにしました。