2022 年度
第1回 (5/9)
島川 祐一 (島川研、教授)

"雑誌会再定義"

 雑誌会は研究情報の交換に加えて、学生の授業でもあります。島川研のHPには『「雑誌会」は、島川研と小野研が合同で、論文の紹介を基に最近の研究動向や技術紹介などの情報交換、新しい研究テーマの探索などを幅広い視点から行うことを趣旨としています。また、特に修士課程の学生は、この会を通して、「論文を読み、理解して、まとめる能力」と「プレゼンテーション能力」を学び高めていくことを期待しています。』と記載していますが、実はこれは15年以上前に私が勝手に定義したものです。論文成果などへのアクセスも一昔前とは大きく変わってきているこの状況で、改めて今後の雑誌会のあり方や方式を皆さんと一緒に検討したいと思います。発表する人にとっても、聞く人にとっても有益な会とするためにアイデアを歓迎します。

第2回 (5/16)
桑野 恭輔 (小野研、M2)

"Switching magnon chirality in artificial ferrimagnet"
Yahui Liu , et al., Nature Communications, 13, 1264 (2022)

 近年反強磁性体マグノンがright-handedとleft-handedの両方のキラリティを持つという主張がなされ、キラリティに基づいたスピントロニクスが注目を集めています。筆者らは、人工フェリ磁性体である[Py/Gd]_2/Py/Pt多層膜を用いて、マグノンのキラリティを反転させたり変調させたりすることができることを実験的に確かめました。特に、最上層Py磁気モーメントの歳差運動のキラリティを反転させると、隣のPt層に注入されるスピン流のスピン偏極が逆向きになるということを示しています。

飯星 眞 (島川研、D1)
"Correlation between Oxygen Vacancies and Oxygen Evolution Reaction Activity for a Model Electrode: PrBaCo2O5+δ"
Elena Marelli , et al., Angew. Chem. Int. Ed., 60, 14609-14619 (2021)

 近年、水の電気分解を利用して、余剰電力により生じた電気エネルギーを水素燃料の形で蓄える技術の開発が進められており、電気分解における酸素発生反応の過電圧を下げるための触媒の開発が望まれている。その候補として特に注目されているペロブスカイト型酸化物は化学組成・局所構造に大きな自由度をもち多彩な電子物性を示すが、その触媒性能との相関についての統一的な見解は得られていない。そこで本研究では、酸素発生反応において比較的高い触媒性能をもち、幅広い酸素不定比性が知られているペロブスカイト型酸化物PrBaCo2O5+δを用い、同じ化学組成・構造で酸素(欠損)量のみを変えた比較を行うことで、ペロブスカイト酸化物の酸素欠損が酸素発生反応に及ぼす影響について議論する。

第3回 (5/23)
小野 輝男 (小野研、教授)

"Precursors of Majorana modes and their length-dependent energy oscillations probed at both ends of atomic Shiba chains"
Lucas Schneider , et al., Nature Nanotechnology, 17, 384-389 (2022)

 STMを利用した原子操作は基板上への自由な原子配列を実現しました。さらに、作製した原子配置の電子構造をSTSによって推量することも可能となっています。今回紹介する論文では、Nb(110)超伝導基板上にMn原子鎖を作製し、その電子状態が調べられています。STSの空間マッピングから、Mn原子鎖がトポロジカル超伝導状態となり、原子鎖の両端にマヨラナモードの兆候が観測されたとのことです。

後藤 真人 (島川研、助教)
"Magnetic refrigeration material operating at a full temperature range required for hydrogen liquefaction"
Xin Tang , et al., Nature Communications, 13, 1817 (2022)

 脱炭素社会の実現に向けて水素は重要な役割を担っており、その普及のためには、液体水素の製造コストを大幅に下げる技術開発が求められている。磁気冷凍技術は、従来の気体冷凍技術に比べ水素液化効率を大きく向上させることが原理的に可能であるが、液体窒素温度から水素の液化に必要とされる広い動作温度範囲(20〜77 K)で高い冷却能力(磁気エントロピー変化)を示す安定な材料がないことが課題として挙げられる。著者らは、Er(Ho)Co2系化合物に微量の3d遷移金属を添加することで、上記の温度範囲において大きな冷凍能力を保持したまま、磁場印可・温度昇降の繰り返しにより劣化しない一連の材料群を開発した。この発見により、効率的で安定に繰り返し使用可能な水素液化システムの構築につながることが期待される。

第4回 (5/30)
小杉 佳久 (島川研、D3)

"Experimental Observation of Long-Range Magnetic Order in Icosahedral Quasicrystals"
Ryuji Tamura , et al., J. Am. Chem. Soc., 143, 19938-19944 (2021)

 準結晶は並進対称性を持たないにも関わらず鋭いブラック反射をもち、結晶ともアモルファスとも異なる構造を有しています。固体物理学の常識を大きく覆した準結晶ですが、その物性に関しては未解明なところも多いそうです。例えば超伝導になりうることが判明したのもごく最近のことで、磁気長距離秩序を示すか否かはこれまで不明でした。本論文は、準結晶で初めて長距離磁気秩序(強磁性秩序)を観測したものになります。

牧野 百 (島川研、M2)
"Heavy-fermion metallic state and Mott transition induced by Li-ion intercalation in LiV2O4 epitaxial films"
Tatsuya Yajima , et al., Phys. Rev. B 104, 245104 (2021)

 スピネル酸化物LiV2O4はd電子系であるにもかかわらず、重い電子系を示すことでから注目されている。Liに着目すると、この化合物は一部のLiイオンを2価のMgやZnイオンと置換することでMott転移を思わせる挙動を示すことが過去に報告されている。今回紹介する論文では、薄膜LiV2O4試料を作成、電気化学的にLiイオンを挿入し、その物性の挙動を調べた。X線回折によって挿入Li量を概算し、PPMSによって抵抗値を測定することで、ある挿入Li量まではFermi液体論が成り立つが、それ以上ではモット絶縁体として振る舞うことが発見された。

第5回 (6/6)
船田 晋作 (小野研、D3)

"Subterahertz spin pumping from aninsulating antiferromagnet"
Priyanka Vaidya , et al., Science, 368, 6487, 160-165 (2020)

 反強磁性体は漏れ磁場を生じない・磁場による擾乱に強い・THz領域の超高速な磁化のダイナミクスを持つといった強磁性体にはない利点を持っているため次世代のスピントロニクス素子への応用が期待されています。本論文では反強磁性体であるMnF2にPtを接合させ、MnF2に数百GHzの電磁波を照射することで反強磁性体におけるスピンポンピングを実証し、さらにその信号が反強磁性共鳴の偏光に依存することを明らかにしました。

蓬莱 慎司 (島川研、M2)
"Area-Type Electronic Bipolar Switching Al/TiO1.7/TiO2/Al Memory with Linear Potentiation and Depression Characteristics"
Yu Yan , et al., ACS Appl. Mater. Interfaces, 13, 39561-39572 (2021)

 2008年、アメリカのHP研究所が二酸化チタンで第4の回路素子と呼ばれるメモリスタを初めて開発した。メモリスタは低消費電力で動くため高集積化しやすく、次世代の不揮発性メモリデバイスとして期待されていた。しかし、デバイスの性質上起こるランダムさなどが問題となり、既存のメモリー素子に取って代わることはなかった。 ところが、近年になって神経模倣コンピュータのシナプスに相当するメモリー素子として注目されるようになった。また、直近ではAI向けのCPUにメモリスタを採用することでより高速で低消費電力なチップを開発したというベンチャー企業の発表もあった。 本論文では再注目されつつあるメモリスタを酸素欠陥の多い非晶質TiO1.7で作製し、その特性を調べている。その結果、TiO1.7と金属電極の間にTiO2層を挟むことでデータの保持性がよくなることがわかった。さらに作った素子から演算装置を作製し、機械学習させることで手書き数字の判別テストを行っている。正答率は最もよい場合で92.5%だった。

第6回 (6/13)
塩田 陽一 (小野研、助教)

"Asynchronous current-induced switching of rare-earth and transition-metal sublattices in ferrimagnetic alloys"
Giacomo Sala , et al., Nature Materials 21, 640-646 (2022)

 希土類−遷移金属フェリ磁性体は、「磁化の小さな強磁性体」または「磁化を持つ反強磁性体」として振る舞いを利用して興味深い現象が多数報告されており、研究対象として魅力的な材料です。また、フェリ磁性体でしか観測されない特有の現象もあり、その代表例として、2011年にGdFeCo合金において報告されたパルス長60fsの超短パルス光を用いた超高速磁化反転過程における過渡的強磁性状態の出現です。今回紹介する論文では、スピン軌道トルクによる磁化反転でも同様に過渡的強磁性状態を介して磁化反転が起こる場合があることを報告しています。また、磁化反転過程は希土類−遷移金属間の交換結合の強さに依存することを明らかにしました。

磯田 洋介 (島川研、D1)
"The Great Dimming of Betelgeuse seen by the Himawari-8 meteorological satellite"
Daisuke Taniguchi , et al., Nature Astronomy 6, 930-935 (2022)

 オリオン座の1等星ベテルギウスは周期的に明るさの変動を起こす変光星ですが,2019年末から2020年初頭にかけては観測史上最も暗くなる大減光を起こしました。一部では超新星爆発の兆候なのではないかとも報じられたこの大減光は,その後数か月で元の明るさに戻っており,現在のところ超新星爆発の予兆であるかどうかはわかりません。このような減光が起こった原因については,ベテルギウス本体の温度の低下や,星表面の塵が光を遮ったといった説が提唱されています。本論文では,ベテルギウスが気象衛星ひまわりの観測データ中に映り込んだデータを利用するという方法で長期間の中間赤外線(波長10 μm)での測光を実現し,これを利用してダストの影響について解析することで減光メカニズムに迫ります。

第7回 (6/20)
杉浦 達 (小野研、M2)

"Controllable magnetic anisotropy and spin orientation of a prototypical easy-plane antiferromagnet on a ferromagnetic support"
M. Slezak , et al., Phys. Rev. B 104, 134434 (2021)

 Fe(110)上にエピタキシャル成長させたNiO(111)における磁気モーメントの配向及び磁気異方性をFe(110)の膜厚および温度、外部磁場によって制御しました。Feの磁気モーメントはMOKE測定により観察し、NiOの磁気モーメントの配向についてはXMLDイメージングにより観察しています。特に、Feの膜厚を10 nm程度製膜した試料では、室温において500 Oe程度の外部磁場を印加することによりNiOの磁気モーメントをヒステリシス無く制御することができたと報告しています。

渡邊 澪 (島川研、M2)
"Oxide Ion and Proton Conductivity in a Family of Highly Oxygen-Deficient Perovskite Derivatives"
Chloe A. Fuller , et al., J. Am. Chem. Soc, 144, 615-624 (2022)

 酸化物イオン伝導体やプロトン伝導体は燃料電池や触媒として利用でき、エネルギー問題の解決に向けて精力的に研究されています。金属酸化物中のイオン伝導は一部の結晶構造でのみ発現するため、高伝導度をもたらす組成や構造を調査することは新材料の開発において重要です。今回紹介する論文では、八面体配位と四面体配位の金属イオンが1:2で配列した欠損ペロブスカイト型酸化物Ba3YGa2O7.5に着目しました。酸化物イオンとプロトンの両方が伝導することがわかり、四面体配位の柔軟性とその配置が影響していると報告されています。

第8回 (6/27)
成田 秀樹 (小野研、特定助教)

"Ferroelectric superconductivity in Sr_1-x_Ca_x_TiO_3-δ"
Carl Willem Rischau , et al., Nature Physics, 13, 643-648 (2017)

 近年、「強誘電金属物質」が注目されている。強誘電体は基本的に絶縁体であり、結晶内にキャリアが存在する場合、誘電分極が遮蔽されるため強誘電体にはならない。しかし、遮蔽を十分に行えない程にキャリア濃度が薄ければ、強誘電体のような長距離秩序を有する金属状態が出現する可能性がある。 薄膜成長用の基板としても馴染みのあるSrTiO_3_は、極少数の酸素原子を取り除くと、超伝導を示す不安定な金属になる。また、Sr原子のごく一部をCaで置換すると強誘電体に変化する。 本論文では、Sr_1-x_Ca_x_TiO_3-δ (0.002 < x < 0.009, δ < 0.001) において、強誘電秩序と共存する超伝導、すなわち「強誘電超伝導」を示唆する結果を報告している。

菅 大介 (島川研、准教授)
"Covalent surface modifications and superconductivity of two-dimensional metal carbide MXenes"
Vladislav Kamysbayev , et al., SCIENCE, 369, 6506, 979-983 (2020)

 遷移金属炭化物(MXene、マキシン)は、近年注目を集める二次元物質の一つです。マキシンには、表面の末端をF, Oや OH などの官能基で修飾することで物性が制御できるという特徴があります。このような表面修飾を活用した二次元物質の物性開発は、グラフェンや遷移金属カルコゲナイド(例えばMoS2やWSe2など)といった層状物質では難しいとされてきました。今回紹介する論文では、マキシンへ表面修飾基を導入する新しい合成ルートとして溶融無機塩中での反応を提唱し、実際に、酸素、イミド、硫黄、塩素、セレン、臭素 テルルで表面修飾されたマキシンの作製を実証しています。また著者らは、表面修飾によるニオブを含んだマキシンの超伝導特性の制御も報告しています。

第9回 (7/4)
小見山 遥 (小野研、D1)

"Cavity optomagnonics with magnetic textures: Coupling a magnetic vortex to light"
Jasmin Graf , et al., Phys. Rev. B 98, 241406 (2018)

 オプトマグノニクスは光とマグノンのコヒーレントな結合に注目する分野であり、量子情報処理のプラットフォームになりうるため注目されている。これまでオプトマグノニクスではキッテルモードをはじめとする均一なマグノンモードと光の結合が研究されてきた。今回紹介する論文では、不均一な磁気基底状態、すなわち vortex(渦)と光の結合に注目している。解析的手法、マイクロマグネティクス計算、有限要素法を用いてこの系におけるマグノンと光の結合強度が外部磁場によって調整可能であることを示している。さらに外部磁場を適切に制御することで協同係数が現在の水準に比べて5桁も向上しうることを予測している。

小杉 佳久 (島川研、D3)
"Observation of the Magneto-Thomson Effect"
Ken-ichi Uchida , et al., Phys. Rev. Lett. 125, 106601 (2020)

 熱電効果の基本的な現象として、ゼーベック効果、ペルチェ効果およびトムソン効果の三つが古くから知られています。しかし、ゼーベック効果やペルチェ効果は熱電変換技術として広く研究されているのに対し、トムソン効果は実験的に測定が困難であることから、磁場や磁性に対する研究が進んでいませんでした。本雑誌会で紹介する論文では、ロックインサーモグラフィー法を用いて、温度勾配と磁場を与えたBiSb合金に電流を流した際の吸発熱を測定しました。その結果、磁場依存性をもつ吸発熱現象を観測し、磁気トムソン効果を初めて実証しました。本研究により測定・評価法が確立したことで、基礎と応用の両面でトムソン効果の研究が進むことが期待されます。

第10回 (10/7)
桑野 恭輔 (小野研、M2)

"Hyperfine interaction of individual atoms on a surface"
Philip Willke , et al., SCIENCE, 362, 6412, 336-339 (2018)

 スピン偏極走査トンネル顕微鏡による観察と単原子電子スピン共鳴法を組み合わせて、MgO表面上のFe原子とTi原子の原子レベルの超微細相互作用を測定した論文である。これまでの研究では、エネルギー分解能の限界から超微細相互作用のような小さなエネルギー分裂については観測できていなかった。また、原子一つ一つを動かすという高度な技術を用いて、超微細相互作用がどのような条件に依存するのかを調査している。筆者らは、超微細相互作用の大きさは原子が結合している位置(表面のどのサイトに結合しているか)に強く依存すると報告している。

渡邊 澪 (島川研、M2)
"Hydride-ion-conducting K2NiF4-type Ba-Li oxyhydride solid electrolyte"
Fumitaka Takeiri , et al., Nature Materials, 21,325-330 (2022)

 水素の輸送は燃料電池や電池の電解質として利用でき、持続可能な社会への鍵となります。これらの用途にはプロトン伝導体が一般的に用いられますが、200-400 ℃の中低温領域ではイオン伝導度が低く、課題が残されています。今回紹介する論文では、プロトンではなく、水素化物イオン伝導に着目しました。K2NiF4型の酸水素化物Ba1.75LiH2.7O0.9はアニオン欠損の無秩序化に伴いイオン伝導度が急上昇し、315 ℃以上で0.01 S/cmを超えると報告しています。

第11回 (10/14)
杉浦 達 (小野研、M2)

"Tilted spin current generated by the collinear antiferromagnet ruthenium dioxide"
Arnab Bose , et al., Nature Electronics, 5, 267-274 (2022)

 近年、ルチル型の結晶構造を有するコリニア反強磁性体RuO2におけるスピン流生成が注目を集めている。スピン流生成のメカニズムは、各副格子のRu原子においてRu-O結合距離が異なることによる特殊なスピンバンド分裂に由来しており、スピン偏極の方向がNeelベクトルの方向に依存する。結晶配向を工夫することにより、任意の方向に偏極したスピン流を生成できるため、スピン軌道トルクを利用した磁気メモリデバイスへの応用が期待される。本論文では、ST-FMR測定およびHarmonic Hall測定により、RuO2中で生成されたスピン流のスピン偏極方向がNeelベクトルの方向と対応していることを確かめている。

牧野 百 (島川研、M2)
"A New Type of Half-Metallic Fully Compensated Ferrimagnet"
S. Semboshi , et al., Scientific Reports, 12,10687 (2022)

 超低消費電力,高速演算等を持つデバイスの性能を向上させるために,ハーフメタルという物質群が盛んに研究されている。これまで開発されたハーフメタルは強磁性体が中心で,外部への漏れ磁場が発生していた。ハーフメタルが反強磁性的であると,高密度に集積してもデバイス内での磁気的相互作用による擾乱が起こらない。今回紹介する論文ではフェリ磁性体のクロム,鉄,硫黄からなる化合物を合成したことを報告している。その物質は低温で完全に磁化が消失し,補償温度以上では高い保持力を有することを実験で示し,第一原理計算によってハーフメタルであることを明らかにした。

第12回 (10/21)
森山 貴広 (小野研、准教授)

"Controlling the anisotropy of a van der Waals antiferromagnet with light"
D. Afanasiev , et al., Science Advances, 7, 3096 (2021)

 2次元層状磁性体は、低次元における磁気物理などの基礎物性や、原子層スピンデバイスなどの観点から最近注目を集めている。たとえば、2017年には2次元層状物質CrI3単層膜が、マーミン=ワグナーの定理の予想に反して磁気秩序(強磁性秩序)を持つことが示されており、これらの発見を発端に2次元強磁性体の研究が大きく展開している。本雑誌会では、反強磁性秩序を有する2次元層状磁性体であるNiPS3について、光励起による軌道共鳴を用いてその磁気異方性を制御したという論文を紹介する。

蓬莱 慎司 (島川研、M2)
"Reversible hydrogen control of antiferromagnetic anisotropy in α-Fe2O3"
Hariom Jani , et al., Nature Communications, 12,1668 (2021)

 反強磁性材料は様々なスピントロニクスデバイスの強磁性材料に置き換わることを期待されており注目を集めている。著者らは触媒によるスピルオーバーを利用することでα-Fe2O3薄膜中に水素を入れた。XLDスペクトルの結果から水素を入れた試料はモーリン転移が抑制され、ネールベクトルが面内を向いたままであることがわかった。また著者らはRhで一部を置換して転移温度を室温付近に調整した試料を作製し、水素の脱挿入によってネールベクトルを可逆的に90°傾けられることを示した。

第13回 (10/28)
久富 隆佑 (小野研、助教)

"Experimental test of Bell's inequalities using time-varying analyzers"
Alain Aspect , et al., Phys. Rev. Lett, 49, 1804 (1982)

 先日、「もつれた(エンタングルした)光子対の実験、ベル不等式の破れの検証、そして量子情報科学の開拓」を行ってきた研究者ら三名に対してノーベル物理学賞が与えられました。今回は受賞理由の一つである「ベル不等式の破れ」に着目し、その意味と、受賞者の一人であるAlain Aspectが行った初期の実証実験(1982)について紹介したいと思います。 *論文の他に、ノーベル財団が発表しているプレスリリースならびに授賞理由の解説記事をアップロードしています。

多賀 光太郎 (小野研、D1)
"Polarized phonons carry angular momentum in ultrafast demagnetization"
S. R. Tauchert , et al., Nature, 602,73-77 (2022)

 超短パルスレーザーによる超高速消磁現象が1996年に発見されて以来、光を使ったフェムト秒オーダーでの超高速磁化制御が盛んに研究されてきた。しかし超高速消磁についてこれまで、「磁化の角運動量がどこへ消えたのか」という重要な疑問への直接的な答えは出ていなかった。本論文で筆者らは、超高速電子線回折法を用い、初期の磁化に垂直な面内に異方性を持つフォノンが消磁過程で生じることを観測した。この結果は、磁化の角運動量が円偏波フォノンへと受け渡されていることを示唆しており、磁化の変化が磁性体のマクロな回転を生むEinstein-de Haas効果の原子的描像に対応する現象と捉えられる。

第14回 (11/4)
葉 非凡 (小野研、D1)

"Field-free magnetization reversal by spin-Hall effect and exchange bias"
A. van den Brink , et al., Nature Communications, 7,10854 (2016)

 Spin-orbit moment (SOT)-induced magnetization switching is promising for ultrafast and reliable spintronic devices. However, an in-plane external field is necessary for the deterministic switching in layers with perpendicular magnetic anisotropy that limits the practical applications. Here, the authors introduced a field-free magnetization reversal by interfacing the perpendicularly magnetized layer with an anti-ferromagnetic material. An in-plane exchange bias is found to be crucial to provide sufficient effective in-plane magnetic field.

第15回 (11/11)
瀋 c帆 (島川研、D1)

"High-order superlattices by rolling up van der Waals heterostructures"
Bei Zhao , et al., Nature, 591, 385-390 (2021)

 Two-dimensional (2D) materials and the associated van der Waals (vdW) heterostructures have provided great fexibility for integrating distinct atomic layers beyond the traditional limits of lattice-matching requirements, through layer-by-layer mechanical restacking or sequential synthesis. However, the 2D vdW heterostructures explored so far have been usually limited to relatively simple heterostructures with a small number of blocks. The preparation of high-order vdW superlattices with larger number of alternating units is exponentially more diffcult, owing to the limited yield and material damage associated with each sequential restacking or synthesis step. Here we report a straightforward approach to realizing high-order vdW superlattices by rolling up vdW heterostructures. We show that a capillary-force-driven rolling-up process can be used to delaminate synthetic SnS2/WSe2 vdW heterostructures from the growth substrate and produce SnS2/WSe2 roll-ups with alternating monolayers of WSe2 and SnS2, thus forming high-order SnS2/WSe2 vdW superlattices. The formation of these superlattices modulates the electronic band structure and the dimensionality, resulting in a transition of the transport characteristics from semiconducting to metallic, from 2D to one-dimensional (1D). This strategy can be extended to create diverse 2D/2D vdW superlattices, more complex 2D/2D/2D vdW superlattices, and beyond-2D materials, including three-dimensional (3D) thin-flm materials and 1D nanowires, to generate mixed-dimensional vdW superlattices, such as 3D/2D, 3D/2D/2D, 1D/2D and 1D/3D/2D vdW superlattices.

第16回 (11/18)
林 大寿 (小野研、D1)

"Role of RKKY torque on domain wall motion in synthetic antiferromagnetic nanowires with opposite spin Hall angle"
S. Krishnia , et al., Scientific Reports, 7, 11715 (2017)

 近年、垂直磁気異方性を持つ強磁性(FM)材料において、スピンホール効果(SHE)の影響下での高速電流駆動する磁壁運動の観測は、新しいスピントロニクスデバイスの開発につながっている。強磁性体を非磁性層を介して貼り付けた人工反強磁性体(SAF)の電流誘起磁壁運動はRKKY強磁性結合によって生じるトルクで説明されることを踏まえ、本論文では高いSHEとRKKYによって引き起こされるトルクにより、垂直磁化SAFナノワイヤーの電流誘起磁壁運動について研究した。

河原崎 諒 (小野研、D1)
"Quasiparticle-mediated spin Hall effect in a superconductor"
T. Wakamura , et al., Nature Materials, 14,675-678 (2015)

 従来超伝導と強磁性は相性が悪いと考えられていたが、マイクロメートルのスケールで制御可能な微細加工技術の発展に伴って、超伝導/強磁性ヘテロ接合におけるスピン三重項電流の実現など、超伝導と磁性の競合によって引き起こされるユニークな現象に注目が集まっている。本論文は、非局所四端子測定におけるスピン流の検出に超伝導体を用いることで、準粒子を介した逆スピンホール効果を観測したことを報告している。

第17回 (11/25)
杉 幸樹 (小野研、D1)

"Electrically switchable van der Waals magnon valves"
Guangyi Chen , et al., Nature Communications, 12, 6279 (2021)

 二次元層状物質は層間がファンデルワールス力のみで結合しており、層間交換結合が弱く、調整可能なスピントロニクスデバイスとして注目を集めています。これまで、三次元物質におけるマグノンバルブは研究されていましたが、最大13%ほどの信号変調しか行えず、また、二次元物質におけるマグノンバルブは実現されていませんでした。本論文では、二次元層状磁性体MnPS3において、DC電流を流すことで2Dマグノン信号を0にできるマグノンバルブを実現したことを示しています。

黒田 武嗣 (島川研、特任研究員)
"2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略"
内閣官房, et al.,6月 (2021)

・2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、日本の革新技術の優位性を活かした環境関連の産業を立ち上げる目的で 「グリーン成長戦略」 が設定され、各産業界で新たな技術イノベーションを目指し、企業のみならず、大学においても革新的な技術の研究を進められており、既に産学連携体制での研究開発の取り組みも始まっています。
・本日は、「グリーン成長戦略」の14分野の中で、各分野から既にテーマアップされ現在企業・大学・研究機関等で具体的に進められている研究概要を紹介させて頂きます。 気楽にお聞きください。
・現在大学内での個々の研究は、カーボンニュートラルに繋がる研究も多く、今後とも実用化に向けた新たなテーマの探査に努めていきたい。

第18回 (12/2)
飯島 諒 (小野研、M1)

"Observation of half-quantum flux in the unconventional superconductor beta-Bi2Pd"
Yufan Li , et al., SCIENCE, 366, 6462, 238-241 (2019)

 磁気フラックスの量子化は、超伝導体に現れる顕著な性質のひとつです。本論文では、β-Bi2Pd薄膜による巨視的な超伝導リングにおいて、フラックスの半整数型の量子化が観測されたことを報告します。半整数量子フラックスの実現は、超伝導臨界温度の振動の位相がπ変化することによって確認されます。これにより、β-Bi2Pdで非典型的な超伝導が実現していることが確認でき、さらにこの結果は、超伝導体内においてスピン三重項の電子ペアが形成されていることを示唆しています。

Xie lingling (島川研、D1)
"Nonvolatile Control of Metal-Insulator Transition in VO2 by Ferroelectric Gating"
Yoon Jung Lee, et al.,Adv Mater, 34, 2203097 (2022)

  Vanadium oxide (VO2) has attracted widespread attention due to its unique metal to insulator (MIT) transition at 68℃ and accompanying remarkable changes in electronic and physical properties. It is essential, therefore, to develop an approach to control the phase transformation and manipulate the transition temperature as well as their corresponding mechanism. There are a variety of methods to complete the MIT, such as the electric field effect - ionic liquid gating and proton-mediated gating. However, in contrast to the conventional gating method, ferroelectric gating is chosen as the main subject to adjust the electric state of VO2 and investigate their properties changes in this paper, which achieves a reversibly nonvolatile control in MIT of VO2.

第19回 (12/16)
伊藤 智也 (小野研、M1)

"Observation of Antiferromagnetic Magnon Pseudospin Dynamics and the Hanle effect"
T. Wimmer , et al., Phys. Rev. Lett. 125, 247204 (2020)

 反強磁性体マグノンは、スピンアップ/ダウンのマグノンのペアとして記述される、「マグノン擬スピン」によって特徴づけられます。筆者らは、反強磁性絶縁体α-Fe2O3薄膜において、電気的なマグノン注入・検出により、マグノンスピン輸送と擬スピンダイナミクスを制御する実験を行っています。その結果、外部印加磁場に依存した非局所信号の極性の振動(マグノンHanle効果)が観測されたことを報告しています。

第20回 (12/23)
Heechan Jang (小野研、D2)

"Two-dimensional mutually synchronized spin Hall nano-oscillator arrays for neuromorphic computing"
Mohammad Zahedinejad , et al., Nature Nanotechnology 15, 47-52 (2020)

 スピンホールナノオシレーター (SHNO) では、純粋なスピン電流は磁性膜とナノ構造の局所領域を自動振動歳差運動によって駆動します。このような領域が互いに近接して配置されている場合、それらは相互作用し、相互同期する可能性があります。ここでは、電気的およびマイクロブリルアン光散乱顕微鏡の両方を使用して観察された、2×2から8×8のナノ収縮の範囲の2次元SHNOアレイの堅牢な相互同期を示します。自動発振線幅 Δfがホワイトノイズによって支配される短い時間スケールでは、信号品質係数 Q = f/Δf は、相互に同期したナノ収縮 (N) の数に比例して増加し、 最大170,000 に達します。また、2 つの独立して調整されたマイクロ波の周波数にさらされたSHNOアレイが、ニューロモルフィック母音認識に使用できるものと同じ同期マップを示すことも示します。したがって、彼らのデモンストレーションは、高品質のマイクロ波信号生成と超高速ニューロモーフィックコンピューティングのために、2次元発振器ネットワークでSHNOアレイを使用できる可能性を示します。

陳 晨 (島川研、D1)
"High-entropy enhanced capacitive energy storage"
Bingbing Yang, et al.,Nature Materials 21, 1074-1080 (2022)

 近年、ハイエントロピー材料は酸化物分野の研究として注目され、材料の最適化と性能改善に新しい選択肢を提供している。「ハイエントロピー」の概念は最初に合金分野に現れた。ハイエントロピー合金とは、5種以上の金属元素をほぼ等しい比で混合した合金材料である。2015年にRostらは金属酸化物を原料として、単相のハイエントロピー酸化物を初めて合成した。その後、世界中で様々なハイエントロピー酸化物が研究された。本論文は、ハイエントロピー現象によって安定化されたBi2Ti2O7に基づく酸化物薄膜を合成し、分極ヒステリシスが小さい誘電体であることを示した。