2023 年度
第1回 (5/12)
杉 幸樹 (小野研、D2)
"Hanle Magnetoresistance in Thin Metal Films with Strong Spin-Orbit Coupling"
Saul Velez , et al., Phys. Rev. Lett. 116, 016603 (2016)
強いスピン軌道結合を持つPtやTaなどの材料ではスピンホール効果によってスピン流が発生し、磁性体との二重層においてスピンホール磁気抵抗効果が発生することが知られている。本論文では、スピンホール材料薄膜で生じるHanle磁気抵抗効果を報告している。Hanle効果によってスピン蓄積が減少することで電気抵抗が増加し、スピンホール磁気抵抗効果と同じ磁場角度依存性を示す。この効果は磁性体の存在なしに発生し、スピンホール材料の電流-スピン流結合を定量的に調べることができる。
第2回 (6/9)
塩田 陽一 (小野研、准教授)
"Coupling of terahertz light with nanometre-wavelength magnon mode via spin-orbit torque"
Ruslan Salikhov , et al., Nature Physics 19, 529-535 (2023)
テラヘルツ帯域(0.1 - 10 THz)はBeyond 5G/6Gでの活用が期待されており、高速な通信技術の構築など、様々な応用が期待されています。強磁性体中のマグノン(スピン波)は、テラヘルツ領域においてnmスケールの波長を持ちますが、テラヘルツ領域の電磁場の波長とは大きなギャップがあるため、nmスケールのマグノンを効率よく励起するのは困難です。本論文では、Ta/Py/Ptの三層構造において、テラヘルツ波を照射し、その際に発生する上下層からのスピン軌道トルクによってnmスケールのマグノンが励起できることを報告しています。また様々な測定配置やシミュレーション計算によって、テラヘルツ波によるマグノン励起メカニズムについて議論しています。
伊藤 智也 (小野研、M2)
"Imprinting Spatial Helicity Structure of Vector Vortex Beam on Spin Texture in Semiconductors"
Jun Ishihara , et al., Phys. Rev. Lett. 130, 126701 (2023)
光の偏光と固体中の電子スピン状態は変換可能であり、これまで円偏光を利用した固体中へのスピン生成が行われてきました。今回紹介する論文では、単一の円偏光ではなくベクトル光渦の軌道角運動量に起因する偏光空間構造を、スピンの空間構造として半導体量子井戸中に直接生成できたことが報告されています。また半導体量子井戸中でのスピン軌道相互作用を変調することで、適切な条件下で位相の反転した2つのスピン波を同時に生成できることを示しています。
第3回 (6/16)
久富 隆佑 (小野研、助教)
"Phononic integrated circuitry and spin-orbit interaction of phonons"
Wei Fu , et al., Nature Communication 10, 2743 (2019)
本論文は主に次の2つのことを示している。1)表面弾性波フォノンの導波路およびリング共振器の作製手法および評価技術の開発。2)表面弾性波の持つスピン角運動量の実証、である。
Chen Chen (島川研、D1)
"Brain activity of diving seals reveals short sleep cycles at depth"
Jessica M Kendall-Bar , et al., Science 380, 260-265 (2023)
哺乳類動物にとって睡眠が不可欠であることは周知である。しかし、海の中で長い時間を過ごす哺乳類動物たちにとって、睡眠は「贅沢」なものになる。哺乳類動物にとって、海の中で眠る時、どんな方法で呼吸するのか、海の中の捕食者をどんな方法で避けるのか。これらの問題が海の中での哺乳類動物の睡眠を妨げている。本論文では、この人類未知の謎を知るために、Kendall-Barらは、新しい技術を使って、長い研究周期で、哺乳類であるキタゾウアザラシ(the Northern Elephant Seal)の睡眠パターンを調べた上で、哺乳類動物の海での睡眠の方法を調べた。
第4回 (6/23)
小見山 遥 (小野研、D2)
"Phononic Crystal Cavity Magnomechanics"
Daiki Hatanaka , et al., Phys. Rev. Applied 19, 054071 (2023)
本論文は、フォノニック結晶中のフォノンとマグノンの結合系の実証を報告している。具体的にはフォノニック結晶中に磁性体膜を蒸着したデバイスを用いて、フォノニック結晶中に格子振動を励起すると、磁歪を介して磁性体中にスピン波が生成されることを実証している。またフォノニック結晶中に閉じ込められる格子振動は複数のモードを持つが、選択的に格子振動モードを励起することでフォノンーマグノン結合強度を変調できることを示している。雑誌会では、著者らがどのようにマグノンーフォノン結合系を評価しているかを中心に説明を行う予定である。
YE FEIFAN (小野研、D2)
"Light-induced electron localization in a quantum Hall system"
T. Arikawa , et al., Nature Physics, 13, 688-692 (2017)
The ideal quantum Hall state has the nature of a topological insulator, i.e., it conducts only at the edges of the material, while its bulk state remains an insulator. However, the topological property disappears when the material is less insulating. Here, a transient suppression of bulk conduction induced by terahertz wave excitation in a GaAs quantum Hall system was achieved. Upon the excitation, the Hall resistivity approaches a universal quantized value in the time region of the increased insulation. This result demonstrates a new means of effecting dynamical control of topology by manipulating bulk conduction using light.
第5回 (6/30)
Shen Yufan (島川研、D2)
"Emergent ferroelectricity in subnanometer binary oxide films on silicon"
SURAJ S. CHEEMA , et al., SCIENCE May 6;376(6593):648-652 (2022)
The critical size limit of voltage-switchable electric dipoles has extensive implications for energy-efficient electronics, underlying the importance of ferroelectric order stabilized at reduced dimensionality. They report on the thickness-dependent antiferroelectric-to-ferroelectric phase transition in zirconium dioxide (ZrO2) thin films on silicon. The emergent ferroelectricity and hysteretic polarization switching in ultrathin ZrO2, conventionally a paraelectric material, notably persists down to a film thickness of 5 angstroms, the fluorite-structure unit-cell size. This approach to exploit three-dimensional centrosymmetric materials deposited down to the two-dimensional thickness limit, particularly within this model fluorite-structure system that possesses unconventional ferroelectric size effects, offers substantial promise for electronics, demonstrated by proof-of-principle atomic-scale nonvolatile ferroelectric memory on silicon. Additionally, it is also indicative of hidden electronic phenomena that are achievable across a wide class of simple binary materials.
飯島 諒 (小野研、M2)
"Long-range skin Josephson supercurrent across a van der Waals ferromagnet"
Guojing Hu , et al., Nature Communications, 14, 1779 (2023)
超伝導体/強磁性体接合は、その界面に生じるスピン三重項クーパー対を通して、長距離・長寿命かつ低エネルギーなスピン輸送を可能にするプラットフォームとして注目を集めている。今回紹介する論文では、van der Waals強磁性体Fe3GeTe2と、従来型の超伝導体であるNbSe2を用いた超伝導体/強磁性体/超伝導体接合構造において、強磁性体内で300nm以上にわたる超伝導電流の長距離伝搬が実現したことが報告されている。またこの超伝導電流は、強磁性体の表面付近において特に高密度になる特異な分布を示している。
第6回 (7/7)
小野 輝男 (小野研、教授)
"Giant spin polarization and a pair of antiparallel spins in a chiral superconductor"
R. Nakajima , et al., Nature 613, 479-484 (2023)
構造がカイラルな超伝導体k型BEDT-TTF塩に電流を流すと、Tc近傍でスピン分極が観測されたという内容の論文です。観測されたスピン分極量はEdelstein効果からの予想より数桁大きいとのことです。
小林 裕太 (小野研、D3)
"Imaging viscous flow of the Dirac fluid in graphene"
Mark J. H. Ku , et al., Nature 583, 537-541 (2020)
ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心は室温においてもミリ秒以上の長いコヒーレンス時間を有し、高感度な磁場測定を行うことが可能である。今回の発表では測定手法としてのNV中心に着目し、他の測定手法との比較を示す。最後に応用先の一例としてグラフェンの粘性流測定の結果を紹介する。
第7回 (7/14)
Xie Lingling (島川研、D1)
"Solid-State Catalytic Hydrogen Sponge Effects in BaInO2.5 Epitaxial Films"
Dongha Kim , et al., Adv. Funct. Mater. 2300819 (2023)
Solid-state materials are receiving considerable attention in the fields of fuel cells, chemical sensors, and resistance-switching-based devices, which are caused by their stability and the ability to tackle the challenges presented by renewable energy storage and hydrogen energy technology development. Materials like PdHx and organics are known as "solid-state hydrogen sponges" due to their exceptional capability to absorb, store, and release hydrogen. Brownmillerite oxides of ABO2.5 are an effective sponge candidate thanks to their 1D channels. In this study, BaInO2.5 epitaxial films are promising materials for absorbing and releasing large amounts of hydrogen through annealing processes under varying atmospheric conditions. Several measurements are carried out to determine the presence, quantity, and location of hydrogen introduction.
第8回 (7/21)
河原ア 諒 (小野研、D2)
"Smectic pair-density-wave order in EuRbFe4As4"
He Zhao , et al., Nature 618, 940-945 (2023)
超伝導体は電子の対凝縮状態であり、そのペアはクーパー対と呼ばれる。本論文は、EuRbFe4As4の超伝導状態において、クーパー対の密度波を観測したことを報告している。
第9回 (10/6)
飯島 諒 (小野研、M2)
" Nonreciprocal transport of superconductivity in a Bi/Ni bilayer"
Ranran Cai , et al., Phys. Rev. B 108, 064501 (2023)
今回紹介する論文では、超伝導と強磁性が共存する特異な系であるBi/Ni二層膜における面内磁場下の超伝導の非相反輸送について報告されている。温度依存測定や理論予測から、この非相反輸送は、Bi/Ni二層膜に侵入する量子渦の非対称な運動に起因すると推察される。ここで示された結果は、Bi/Niがp波の対称性を持つラシュバ超伝導体であることの有力な証拠である。
渡邊 澪 (島川研、D1)
"Photoinduced oxygen transport in cobalt double-perovskite crystal EuBaCo2O5.39"
Masaki Hada , et al., Appl. Mater. Today 24, 101167 (2021)
物質の特性は温度や圧力のみでなく、光によっても変化させることができます。今回紹介する論文では、ダブルペロブスカイト型酸化物EuBaCo2O5.39に近紫外線を照射することによって、室温で酸化物イオン伝導が誘起されることが報告されています。これは瞬間的な電荷移動とヤーン・テラー効果の歪みによって生じると述べられています。
第10回 (10/13)
杉 幸樹 (小野研、M2)
"Suppression of magnetic ordering in XXZ-type antiferromagnetic monolayer NiPS3"
Kangwon Kim , et al., Nat. Commun. 10, 345 (2019)
本論文では、2Dファンデルワールス材料であるNiPS3の持つXXZ型反強磁性秩序の厚さ依存を、ラマン分光法を用いて調べており、反強磁性秩序は2層までは維持されるが単層では不安定になることを示している。この実験結果は、2次元系XYモデルは有限温度では長距離秩序を持たないという理論と一致している。
伊藤 智也 (小野研、M2)
"Long spin diffusion lengths in doped conjugated polymers due to enhanced exchange coupling"
Shu-Jen Wang , et al., Nat. Electron. 2, 98-107 (2019)
有機半導体における長距離スピン伝搬の観測についての論文です。共役系有機ポリマーのような炭素系半導体は、スピン軌道相互作用の強度が低く、長いスピン拡散長が期待されています。しかしその無秩序性から、これまで見積もられてきたスピン拡散長は結晶性無機材料よりも桁違いに低いものでした。この論文では、横方向スピン輸送デバイス構造を用いて、F4TCNQをドープした共役ポリマーPBTTTのスピン拡散長を測定しています。その結果、スピン密度が十分に高い場合は、交換機構の働きにより1μm以上の長いスピン拡散長が示されています。
第11回 (10/20)
菅 大介 (島川研、准教授)
"Critical role of hydrogen for superconductivity in nickelates"
Xiang Ding , et al., Nature 615, 50-55 (2023)
2019年に無限層ニッケル酸化物における超伝導(転移温度10~15K)が発見されて以降、高温超伝導の解明に向けて、層状ニッケル酸化物に大きな注目が集まっています。これまでにも、超伝導転移温度とホールドーピング量との関係を示す超伝導相図の確立など、急速な進展が見られます。一方、超伝導を示すニッケル酸化物の合成には熱力学的に不安定な異常低原子価状態のNi(Ni1+)を実現する必要があるため、バルク試料として合成することはいまだ難しく、体積が小さいエピタキシャル薄膜試料としてのみが合成可能です。そのため実験的に検出が難しい軽元素を含めた相同定は容易ではありません。本論文では、層状ニッケル超導体には、実は水素(ヒドリドH-)が多量に含まれており、格子中に含まれる水素(ヒドリド)濃度が超伝導特性に大きな影響を与えることを明らかにしています。
Tseng Chih-Hsiang (小野研、D1)
"Room-temperature magnetoresistance in an all-antiferromagnetic tunnel junction"
Peixin Qin , et al., Nature 613, 485-489 (2023)
Antiferromagnet-based material has attracted much attention in the past 5 years. This paper demonstrates an all-antiferromagnetic tunnel junction by applying the exchange coupling between different categories of the antiferromagnet.
第12回 (10/27)
松本 啓岐 (小野研、特定研究員)
" Chiral phonons in quartz probed by X-rays"
Hiroki Ueda , et al., Nature 618, 946-950 (2023)
対象とその鏡像が一致しない性質のことをカイラリティと呼びます。フォノンやマグノンなどの準粒子ボゾンにおいてもカイラリティが存在し、円偏光などで角運動量を与えることでカイラルボゾンを生成させることができます。本論文では、X線非弾性散乱分光という手法を用いることで、カイラルな結晶構造を持つSiO2結晶中へカイラルフォノンを生成し、これを検出できることを実証しています。分光測定における偏光依存性(右回り・左回り)の信号がカイラリティの異なる結晶で逆転するため、結晶のカイラリティがカイラルフォノンの回転方向を決定していると考えられ、これを第一原理計算によって確かめています。
島川 祐一 (島川研、教授)
"魅力的な科学イラストを描くコツ"
辻野 貴志 , 応用物理 92(4)243−246 (2023)
学術誌のカバーピクチャーが近年、ジャーナルの顔として定着しつつあります。我々論文投稿者にとっても、成果を広くアピールする重要な手段になってきているように思われます。そこで、今回は論文誌のカバーピクチャーについて、これまでの作成例や関連情報を含めて紹介します。
第13回 (11/10)
多賀 光太郎 (小野研、D2)
"Observation of universal Hall response in strongly interacting Fermions"
T.-W. Zhou , et al., Science 381, 427-430 (2023)
光の定在波による周期ポテンシャル(光格子)中に冷却原子を閉じ込めると、原子による人工的な結晶を構成できる。光格子中の原子によってイオン格子中の電子の振る舞いをシミュレートすることで、結晶のパラメータを自在に変えながら量子多体系における複雑な電子相関を調べることができる。今回は、光格子中の強く相互作用する原子を用いてホール効果をシミュレートした論文を紹介する。本論文では相互作用の大きさによらないユニバーサルなホール応答が報告されており、理論計算とも概ね一致している。
磯田 洋介 (島川研、D2)
"Proton transport through nanoscale corrugations in two-dimensional crystals"
O. J. Wahab , et al., Nature 620, 782-786 (2023)
2004年に初めて作成された単層グラフェンはほとんどの原子・イオンを透過させない一方,唯一プロトンのみを透過させることが2014に報告されています(Hu et al, Nature (2014).)。しかし,もっとも小さいイオンであるプロトンでさえ,2次元物質結晶の細孔を通過するには電子雲による大きな障壁を乗り越える必要があり,グラフェンそのものではなくその欠損箇所をプロトンが通過しているのではないかとの指摘がなされてきました。今回の雑誌会では,グラフェンや六方晶窒化ホウ素に対するプロトン伝導電流の空間マッピングを行った論文(Wahab et al, Nature (2023).)を含めて,二次元物質のプロトン伝導に影響を与える要因について紹介します。
第14回 (11/17)
輕部 修太郎 (小野研、特定准教授)
"Handedness anomaly in a non-collinear antiferromagnet under spin-orbit torque"
Ju-Young Yoon , et al., Nature Materials 22, 1106-1113 (2023)
本論文では、スピン軌道トルクによるノンコリニア反強磁性体Mn3Snの磁気八極子のダイナミクスに関して報告しています。通常の強磁性体における磁化と、本反強磁性体の磁気八極子では、スピン軌道トルクを用いた磁化反転の反転方向(掌性)が逆になるアノマリーが現れるようです。
杉浦 達 (小野研、D1)
"Fully Spin-Transparent Magnetic Interfaces Enabled by the Insertion of a Thin Paramagnetic NiO Layer"
Lijun Zhu , et al., Phys. Rev. Lett, 126, 107204 (2021)
近年、磁気メモリデバイスの情報書き込み技術としてスピン軌道トルク(SOT)を利用したSOT誘起磁化反転の研究が盛んに行われている。しかしながら、スピン注入源である常磁性層と磁性層の界面におけるスピンメモリーロスおよびスピンバックフローによるスピン散逸が効率的なSOT誘起磁化反転を実現する上での課題となっていた。本論文では、常磁性体・強磁性体間に1 nm程度の酸化ニッケルを挿入することにより、界面におけるスピン散逸が著しく低減され、Pt(常磁性体)層から強磁性体層へのスピン注入効率が期待値上限に達したことを報告している。
第15回 (11/24)
後藤 真人 (島川研、助教)
"Spin-triplet superconductivity in K2Cr3As3"
Jie Yang , et al., Sci. Adv., 7, eab4432 (2021)
超伝導体のほとんどはスピン一重項状態をもちます。これにはよく知られている銅酸化物や鉄系の高温超伝導体も含まれます。一方、超流動3Heの固体版であるスピン三重項超伝導体の探索は、強相関電子系を中心に長年行われてきました。しかしながら、候補物質の超伝導転移温度Tcが1 K程度と低いこともあり、スピン三重項状態の直接的な証拠が見つかった物質はほとんどありませんでした。著者らは、核磁気共鳴法を用いることで、K2Cr3As2がTc=6.5 Kのスピン三重項超伝導体であり、超伝導ギャップに点状のノードが存在することを明らかにした。
磯田 洋介 (島川研、D2)
"Proton transport through nanoscale corrugations in two-dimensional crystals"
O. J. Wahab , et al., Nature ,620, 782-786 (2023)
2004年に初めて作成された単層グラフェンはほとんどの原子・イオンを透過させない一方,唯一プロトンのみを透過させることが2014に報告されています(Hu et al, Nature (2014).)。しかし,もっとも小さいイオンであるプロトンでさえ,2次元物質結晶の細孔を通過するには電子雲による大きな障壁を乗り越える必要があり,グラフェンそのものではなくその欠損箇所をプロトンが通過しているのではないかとの指摘がなされてきました。今回の雑誌会では,グラフェンや六方晶窒化ホウ素に対するプロトン伝導電流の空間マッピングを行った論文(Wahab et al, Nature (2023).)を含めて,二次元物質のプロトン伝導に影響を与える要因について紹介します。
第16回 (12/8)
林 大寿 (小野研、D2)
"Spontaneous topological Hall effect induced by non-coplanar antiferromagnetic ordder in intercalated van der Waals materials"
H. Takagi , et al., Nat. Rev. Phys. 19, 961-968 (2023)
ホール効果とは磁性体中を流れる電子の運動が外部磁場や磁性体の持つ磁化の向きにより曲げられる現象であり、強磁性体のスピン↑状態とスピン↓状態の電気的な読み出しに応用される。一方でスピンが反平行に整列した反強磁性体は正味の磁化を持たない為、ホール効果によるスピン状態の検出が不可能とされていた。しかし近年、トポロジカルな反強磁性体においてホール効果が発現されることが明らかにされた。本研究ではホール効果を示す二次元反強磁性体のスピン構造を中性子散乱測定によって明らかにした。
伊藤 真有里(島川研、M1)
"Giant electrocaloric materials energy efficiency in highly ordered lead scandium tantalate"
Youri Nouchokgwe , et al., Nat. Commun ,12, 3298 (2021)
電気熱量効果(EC)材料は、安価で環境に優しく高効率な蒸気圧縮システムの代替品として提案されている。しかし、ほとんどの論文でデバイスとしてのみ評価されており、材料そのものの効率は議論されていない。本論文では、熱と電気仕事の直接測定により、材料効率(交換可能な電気熱量と、この熱量を発生させるのに必要な仕事量の比)を求め、高度に秩序化されたバルクのタンタル酸スカンジウム鉛(PbSc0.5Ta0.5O3)が、その誘起に必要な仕事の100倍以上の電気熱を交換できることを示す。さらに、本論文の材料は、40kV cm-1の電場で3.7Kの最大断熱温度変化を示す。これは、報告されているEC材料と比べて大きな温度変化であり、将来の冷却装置用のEC材料として有力な候補である。
第17回 (12/15)
所 風伍 (小野研、M1)
"Evidence for chiral supercurrent in quantum Hall Josephson junctions"
Hadrien Vignaud , et al., Nature. 2912 (2023)
超伝導と量子ホール(QH)効果のハイブリット化は、トポロジカル量子計算に役立つ可能性を秘めていますが、コヒーレント超伝導QH回路の基本構成要素であるキラルQHジョセフソン接合の具体的な証拠はまだ得られていません。また、その兆候としてQH端チャネルを流れる特異な2φ0磁束周期性で振動するカイラル超電流があります。本論文では、カプセル化されたグラフェンナノリボン中に作られた狭小なジョセフソン接合が、8Tまで可視のカイラル超電流を示すことを示しています。この超電流は、QHエッジチャネルによって形成される環の面積が一定であれば、同じ条件で現れ、再現性のある2φ0周期の振動をしています。さらに、接合形状を変化させることで、QHプラトーで測定可能な超電流を得るためには、超伝導体/常伝導体界面の長さを短くすることが重要であることを示しており、これは予測されていたものと合致しています。
政所 哲真 (小野研、M1)
"Coupling of Ferromagnetic and Antiferromagnetic Spin Dynamics in Mn2Au/NiFe Thin Film Bilayers"
Hassan Al-Hamdo , et al., Phys. Rev. Lett 131, 046701 (2023)
Mn2Au/Py二層膜は反強磁性/強磁性二層膜の中でも非常に強い交換結合で結びついており、初めてPy強磁性共鳴とMn2Au反強磁性共鳴2モード、それぞれのカップリングが観測された。これにより、電気的手法を用いた反強磁性共鳴の研究が可能となった。当日は本論文の実験結果とそれを補助する2層の交換結合の強さを示した論文を紹介する。
第18回 (12/22)
高橋 宏侑 (小野研、M1)
"Efficient Spin-to-Charge Conversion via Altermagnetic Spin Splitting Effect in Antiferromagnet RuO2"
H. Bai , et al., Phys. Rev. Lett 130, 216701 (2023)
時間反転対称性の破れたコリニア反強磁性体Altermagnetにおいて、スピン偏極を制御できるスピン流の生成が報告されている。しかし、その逆効果であるスピン流の電気的検出はまだなされていなかった。本論文では、RuO2におけるAltemagnetスピン流生成に起因するスピンから電荷への変換をスピンゼーベック効果によって検出している。スピンゼーベック電圧は、注入されたスピン流が電圧または熱勾配のいずれの方向に偏極している場合でも検出でき、xおよびzスピン偏極を電荷電流に変換できることを示しています。
飯星 眞 (島川研、D2)
"Magnetic structure of the double perovskite La2NiIrO6 investigated using neutron diffraction"
Shivani Sharma , et al., Phys. Rev. Mater 6, 014407 (2022)
本論文では、La2NiIrO6の多結晶試料について、磁化測定と粉末中性子回折実験から基底状態の評価を行った。3つの温度で磁気異常が観測されたが、そのうち最高温のもののみがスピンの長距離秩序の形成に拠るものであることが示された。この結論は先行研究で述べられていたものと同じであるが、本論文ではより精度の高い実験データにより、先行研究では同定が不可能であったIrサイトの長距離秩序の存在についても確証を得ることが出来た。それでも現在得られている粉末中性子回折実験のデータからでは、複数のモデルから絞り切ることは困難であり、単結晶を用いた中性子回折実験の結果が待たれている。
第19回 (1/12)
成田 秀樹 (小野研、特定助教)
"Thermal multiferroics in all-inorganic quasi-two-dimensional halide perovskites"
Tong Zhu , et al., Nat. Mater 382 (2024)
一般的に電場(磁場)によって磁化(電気分極)に影響が現れる現象を電気磁気効果と呼ぶ。 巨大な電気磁気効果を示す物質として注目されているのがマルチフェロイクスであり、(反)強磁性と強誘電性などの複数の秩序を合わせ持つ物質のことを指す。従来のマルチフェロイックスでは、電場や磁場を用いた相制御が試みられてきた。 本論文では、電場や磁場ではなく、熱によって誘電性と磁性を同時に制御できることを示している。
藤 颯太 (島川研、M1)
"Directional ionic transport across the oxide interface enables low-temperature epitaxy of rutile TiO2"
Yunkyu Park , et al., Nat. Commun. 11, 1401 (2020)
異なる特性を持つ二つの材料の界面では、化学ポテンシャルを平衡化するために荷電粒子が再分布するという特異な現象が見られる。化学的に不活性な界面を介した電子電荷蓄積に関する最近の研究にもかかわらず、荷電イオンの大規模な再構成を調べる系統的な研究は、化学的に反応する界面を持つヘテロ構造ではこれまで限られていた。本論文では、化学ポテンシャルのミスマッチが、TiO2/VO2界面を横切る酸素イオン輸送を制御していること、そしてこの方向性輸送がこれまで報告された中で最も低い温度(?150 ℃)で、高い結晶性を持つルチル型TiO2エピタキシャル膜を安定化させることを報告している。 また、ルチル型TiO2相のこの従来にない低温エピタキシャル薄膜は、VO¬2-δ層からのイオン経路を通じて「有効な」酸素圧力を高めることにより、活性化障壁を下げることで安定化されることが実証されている。