2次元分子凝縮系に特有の化学構造・反応を独自の解析手法で明らかに
長谷川 健 (教授)
機能を発現する材料をデザインするとき,材料の表面だけに機能性をもたせれば十分であることが多々あります.表面や界面に分子が敷き詰まった“2次元分子凝縮系”は,液体や固体とは大きく異なる機能を示します.ここで言う機能とは,光との相互作用・化学吸着の特異性・反応などが含まれます.
分子構造をもとにして,その集合体である材料の物性を理解することは,化学の基本的な立場ですが,分子構造だけわかっても凝縮系の構造がわからないと物性が理解できないのです.そこで表面や界面での分子の“並びかた”や“数分子以上にわたる中長距離的な相互作用の程度や方向”を官能基単位で的確に理解することが,最先端の材料化学に不可欠です.
生体薄膜や液晶素子など,構造的にゆらぎがあっても時間・空間平均から見て一様な構造的傾向を示すものは,立派に分子環境を整えて機能を発現します.この研究室では,ゆらぎのある2次元分子凝縮系に潜む化学的に重要な構造因子を見いだすため,界面物理化学・高分子科学・分光学・多変量解析学など,幅広い分野に関わりを持ちながら,新しい化学を独自の手法で,というスタンスで研究します.
有機超薄膜中での分子凝集構造の研究
- (a) 高分子・液晶薄膜の分子配向解析
- 高分子は分子の一次構造からだけでは物性が決まらない代表的な材料のひとつです.高分子鎖は糸状や毬状のものが乱雑に絡み合っているイメージがありますが,分子間相互用や基板界面との相互作用のバランスによって,思いがけない凝縮系ならではの構造を示します.2重らせんを巻く直鎖ポリエチレンイミン(LPEI)はその代表例で,勝手にらせんを巻いて,勝手に基板に垂直に立ち上がります(右図).これは,我々の研究室で開発した赤外MAIR分光法により明らかになりました.
- (b) 結核菌外膜の物理化学的研究: ミコル酸の分子凝集性と分子構造
- 結核は過去の病と思われていた時代がありましたが,HIV感染の拡大による免疫不全から,現代病になりつつあります.グラム陽性桿菌の一種である結核菌は昔から薬が効きにくいことで知られていますが,その一因は,細胞膜を取り囲むミコル酸の層が極度に高い分子密度を保っているためと考えられています.ミコル酸という小分子の凝縮系が,なぜこのような機能を持つのか,分光学的に明らかにします.
- (c) 液晶配向膜の動的制御法確立に向けた薄膜作製と構造異方性解析
MAIR分光法の構築と応用
- (a) 多角入射分解(MAIR)分光法
- MAIRS分光法は,多変量解析という線形代数の応用分野が生み出した新しい分光法で,本研究室で生まれたものです.薄膜試料の測定に特化した測定法で,一回の測定で2つのスペクトルが同時に得られるのが特徴です.赤外分光法と組み合わせると,透過法および反射吸収(RA)法に相当する結果が同時に得られるので,薄膜中の分子配向を官能基単位で簡単に調べることができます.とりわけ,液晶状態の薄膜の解析に威力を発揮します.

- (b) 金属ナノ粒子薄膜の分光学的解析
- MAIR分光法を可視分光法と組み合わせると,局在プラズモンを双極子に見立てたときの双極子相互作用を明確にとらえることができます.右図に,世界ではじめて測定した銀蒸着薄膜(5 nm厚)の可視MAIRスペクトルを示します.薄膜に平行および垂直方向の双極子相互作用が,大きく異なるスペクトル(赤および青)を与えることがわかります.
ゆらぎのある水面上単分子膜の水和構造と反応性に関する分光学的研究
- (a) 偏光変調赤外分光法とX線吸収微細構造の組み合わせ

- 水面上に作製した単分子膜(L膜)は,水面という“面”に接しているような簡単なモデルでは理解できません.すなわち,L膜を構成する分子が水和して平衡状態に達する過程を理解する必要があります.L膜の構造をリアルタイムに調べる方法として,偏光変調赤外分光法(PM-IRRAS)を導入するとともに,膜分子に結合するイオンを介して水和構造を調べるため,X線吸収微細構造(XAFS)測定を組み合わせた解析を行います.右図はPM-IRRAS測定によって得られた飽和脂肪酸L膜スペクトルの指紋領域で,脂肪酸の鎖長や表面圧に依存したスペクトル変化が測定できていることがわかります.
- (b) 水面上の単分子膜の偏光ラマン分光解析
- L膜の構造を調べる方法として,PM-IRRASのほかにも和周波発生(SFG)による研究が盛んに行われていますが,偏光ラマン分光法で定量的に分子配向を扱えるようにすることも重要です.本研究室では,偏光ラマン散乱の理論にラマン散乱テンソル異方性を組み込んだ理論を構築し,実測での実証を経て応用計測に向かう研究も進めています.
溶媒和の分子論
松林 伸幸 (准教授)
溶液内の現象には、全て、溶媒和が関係します。通常の水・アルコールの場合だけではなく、イオン液体や超臨界水のような新規反応場の中では、特異な溶媒和機能が発揮されます。さらに、溶媒和の概念を拡張し、脂質膜・ミセル・タンパク質への分子結合も、溶媒和の一種と見なすことができます。脂質膜・ミセル・タンパク質を、ナノレベルで不均一な混合溶媒とみなし、結合される分子を溶質と考えるわけです。同様に、凝縮相中での電子付加(還元)も、不均一混合溶媒での溶媒和と見なせます。
このように、溶媒和の世界は、拡張版も含めると、大変広いものです。そして、溶媒効果の鍵を握る量は溶媒和の自由エネルギーです。しかし、自由エネルギーは、実は、大変な計算を必要とする量です。そこで
、拡張された意味での溶媒和現象を統一的に取扱い、同時に、自由エネルギーを高速に計算するために、溶液理論を構築しています。分子間相互作用 ⇒ 分布関数
⇒ 自由エネルギーとして、階層的に溶液理論を構成し、近年発展の著しい分子シミュレーションとの組合わせによって、分子内・分子間相互作用と溶媒和自由エネルギーの関連を探っています。新たな溶液理論はエネルギー表示理論と呼ばれ、相互作用エネルギーの情報を用いた定式化を行うことで、拡張された意味での溶媒和現象の統一的な取扱いが可能になりました。右図に、ミセルへの疎水性溶質の結合の自由エネルギー曲線を示します。この曲線から、結合強度・結合サイトを決定することができ、結合寿命の議論も可能です。多成分・不均一性の介在する物質設計への一歩です。







