京都大学 化学研究所 物質創製化学研究系 有機元素化学研究領域 理学研究科 化学専攻 有機元素化学分科 有機元素化学研究室

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研究概要

私たちは有機化学を基盤に様々な新規有機材料の合成と機能開拓に取り組んでいます。特に、

  1. 前駆体法を利用したπ共役拡張芳香族化合物の開発
  2. 機能性材料の集積プロセスの開発と有機エレクトロニクス特性の発現
  3. 基板表面支援合成によるナノカーボン材料開発への挑戦
  4. 典型元素化学による新規物質の開発

を柱に研究を展開しています。

1. 前駆体法を利用したπ共役拡張芳香族化合物の開発

 π共役拡張化合物はその電子構造から有機半導体材料や近赤外色素として魅力的な化合物です。しかし一般に、π共役が拡張するとともに溶媒への溶解度が低下し、HOMOエネルギーが浅くなることから酸化されやすくなり、合成が難しくなります。我々はπ共役拡張化合物を高純度に合成する戦略として、前駆体法を用いて様々な機能性材料の合成を行っています[1, 2]。例えば、ペンタセンのα-ジケトン前駆体に可視光(ca. 460nm)を照射するだけで、2分子のCOが脱離し、溶液中・薄膜中・結晶中・低温で定量的にアセンに変換することができます(下の動画)[3]。

図1 (a)前駆体法の基本概念と(b)前駆体(PDK)からペンタセンへの光変換

 一方、加熱による逆Diels-Alder反応も芳香族化合物の共役拡張に効果的です。これら前駆体法を武器に様々なアセン、ポルフィリン系の機能性有機材料の開発を行ってきました(図2)[4-6]。

図2 これまでに合成した機能性有機材料の例

 この反応は、難溶あるいは不安定なπ共役拡張化合物の合成だけでなく、成膜プロセス開発にも展開できます(項目2参照)。また、超高真空下基板表面で反応させることで、通常の方法では合成が難しい高次アセンの合成と電子構造の解明にも成功しました(項目3参照)。

 さらに、炭化水素化合物の炭素を酸素や窒素、リンに置き換えたヘテロ芳香族の合成[4]など、典型元素化学との融合を目指しています(項目4参照)。

References

  • [1] M.Suzuki*. T. Aotake, Y. Yamaguchi, N. Noguchi, H. Nakano*, K. Nakayama*, and H. Yamada*, J. Photochem. Photobiol. C: Photochem. Reviews, 2014, 18, 50-70 (Review).
  • [2] H. Yamada*, D. Kuzuhara, M. Suzuki, H. Hayashi, and N. Aratani Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 1234-1267 (Review).
  • [3] H. Yamada* and H. Hayashi, Photochem. Photobiol. Sci. 2022, 21, 1311-1532 (Review).
  • [4] K. Matsuo*, R. Okumura, H. Hayashi, N. Aratani, S. Jinnai, Y. Ie, A. Saeki, H. Yamada* Chem. Commun. 2022, 58, 13576-13579.
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  • [6] D. Kuzuhara* and H. Yamada*, Synlett. 2021, 32, 1072-1084 (Review).

2. 機能性材料の集積プロセスの開発と機能発現

 ペンタセン等の有機半導体を用いた有機薄膜太陽電池(OPV),有機電界効果トランジスタ(OTFT),有機発光ダイオード(OLED)は次世代デバイスとして盛んに研究が行われています。ペンタセンなどのアセン類は一般的な有機溶媒に溶けにくいため,薄膜作製には真空蒸着を必要としますが,低価格・大面積化・フレキシブルなどの利点により,真空蒸着を用いない溶液プロセスによる成膜が必要です。前駆体法を用いると,溶媒に溶ける前駆体をスピンコート法で成膜した後,光照射あるいは加熱で溶媒に難溶な結晶性薄膜に変換することが可能です。薄膜内部や界面のナノ構造制御が可能になり,工程を繰り返すことで塗布による多層構造の実現を可能にします。これまでに塗布によるサンドイッチ構造の実現と分子配向制御,またその結果OPVの開放電圧(VOC)や短絡電流密度(JSC)の制御に成功しました(図3)[1,2]。

図3 (a)ペンタセン光前駆体を用いた塗布プロセスによるFET評価,(b) 光前駆体法で作製したサンドイッチ構造の有機薄膜太陽電池

 通常ホッピング伝導を示すことが多い有機半導体材料ですが,分子骨格と薄膜中の分子配向を制御することでバンド伝導が可能となり,高い電荷移動度を示すことが最近わかってきました。例えば,簡便なDip-coat法で成膜したC8DMS-CuBPやC12DMS-CuBPは,4.3 cm2V-1s-1の高いFET特性を示し,バンド伝導が期待されます[3,4]。分子骨格,置換基,中心金属,成膜プロセスを改良することで,分子配向を制御し,優れた有機エレクトロニクス特性を実現します(図4)[5]。

図4 (a)C8DMS-CuBPの結晶構造とDip-coat法で成膜したFET電荷移動度,AFMイメージと(b)電荷移動度の熱安定性のアルキル鎖長依存性,(c)前駆体法で作製したバルクヘテロ型OPVのJSCのアルキル鎖長依存性

References

  • [1] M. Suzuki,* Y. Yamaguchi, K. Uchinaga, K. Takahira, C. Quinton, S. Yamamoto, N. Nagami, M. Furukawa, K. Nakayama* and H. Yamada* Chem. Sci. 2018, 9, 6614-6621.
  • [2] M. Suzuki,* K. Terai, C. Quinton, H. Hayashi, N. Aratani, H. Yamada* Chem. Sci. 2020, 11, 1825-1831.
  • [3] K. Takahashi, B. Shan, X. Xu, S. Yang, T. Koganezawa, D. Kuzuhara, N. Aratani, M. Suzuki,* Q. Miao,* and H. Yamada* ACS Appl. Mater. Interfaces 2017, 9, 8211-8218.
  • [4] E. Jeong, T. Ito, K. Takahashi,  T. Koganezawa, H. Hayashi, N. Aratani, M. Suzuki*, and H. Yamada* ACS Appl. Mater. Interfaces 2022, 14, 32319-32329.
  • [5] K. Takahashi, D. Kumagai, N. Yamada, D. Kuzuhara, Y. Yamaguchi, N. Aratani, T. Koganezawa, S. Koshika, N. Yoshimoto, S. Masuo, M. Suzuki,* K. Nakayama,* and H. Yamada* J. Mater. Chem. A 2017, 5, 14003-14011.

3. 基板表面支援合成によるナノカーボン材料開発への挑戦

 高次アセンはベンゼン環が直線上に連結した構造を有する最も単純な多環芳香族炭化水素です。高次アセンはアモルファスシリコンに匹敵する優れた電荷輸送特性を示すだけでなく,バンドギャップの狭いアームチェア型グラフェンナノリボン(GNR)合成の鍵化合物と成り得ます。また,最も幅の狭いジグザグ型GNRと見なすことができる高次アセンは,ジグザグ型GNRのエッジ状態や化学的反応性や電子的構造を理解するモデル系としての利用が期待されています。一方,通常高次アセンは難溶で不安定であり,構造・物性に関する報告が限られています。そこで我々は,「前駆体法」と「嫌気条件下での変換反応」を組み合わせることで,高次アセンの構造と物性の相関解明や,基板表面支援合成特有の反応開発を目指しています[1-3]。ノナセンがAu(111)上基底状態で開殻ビラジカル状態であることを実験的に明らかにしました(図5a)。また環状シクラセン合成に向けた前駆体の開発も行っています(図5b)。

図5 (a)基板表面支援合成による高次アセン合成とSTM, nc-AFMによる電子構造開明; (b)アザシクラセン前駆体の合成

 アセンを連結させて縮環反応を行うとGNRを作製することができます。GNRは,幅やエッジ部位の修飾により物性を制御できるナノカーボン材料であり,次世代有機デバイスの基幹材料として期待されています。実用化にはGNRの幅や長さ,エッジ構造の規格化が必要であり,ボトムアップ合成法の確立が求められています。我々は富士通研との共同研究(CREST)で,エッジ修飾GNR(図6a)や幅広GNRの合成に取り組み,実用化に必要なバンドギャップ1.0 eV以下のAGNRの合成に成功しました(図6b) [4, 5]。

図6 (a)フッ素化AGNR合成の試みとフッ素脱離機構の検討, (b)ギャップエネルギ− 0.2 eV [on Au(111)]のAGNR合成とSTMイメージ

References

  • [1] J. I. Urgel, H. Hayashi, M. D. Giovannantonio, C. A. Pignedoli, S. Mishra, O. Deniz, M. Yamashita, T. Dienel, P. Ruffieux, H. Yamada*, and R. Fasel*, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 11658-11661.
  • [2] I. Urgel, S. Mishra, H. Hayashi, J. Wilhelm, C. A. Pignedoli, M. D. Giovannantonio, R. Widmer, M. Yamashita, N. Hieda, P. Ruffieux, H. Yamada*, and R. Fasel*, Nat. Commun. 2019, 10, 861.
  • [3] K. Eimre*, José I. Urgel*, H. Hayashi, M. Di Giovannantonio, P. Ruffieux, S. Sato, S. Otomo, Y. S. Chan, N. Aratani, D. Passerone, O. Gröning, H. Yamada*, R. Fasel*, C. A. Pignedoli*, Nat. Commun. 2022, 13, 511.
  • [4]H. Hayashi*, J. Yamaguchi, H. Jippo, R. Hayashi, N. Aratani, M. Ohfuchi, S. Sato*, and H. Yamada*, ACS Nano, 2017, 11, 6204-6210.
  • [5] J. Yamaguchi*, H. Hayashi, H. Jippo, A. Shiotari, M. Ohtomo, M. Sakakura, N. Hieda, N. Aratani, M. Ohfuchi, Y. Sugimoto, H. Yamada*, and S. Sato, Commun. Mater., 2020, 1, 36 [プレスリリース]

4. 典型元素化学による新規物質の開発

 典型元素、特に第三周期以降の高周期典型元素(ケイ素、ゲルマニウム、リンなど)化合物は、炭素・窒素・酸素といった従来の有機化学で扱う第二周期元素化合物ではみられないユニークな構造、反応性、物性などを示します。そのため、革新的な材料開発につながる「物性・機能の宝庫」として注目されています。
 私たちは、典型元素化合物を有機化学の手法を用いて取り扱い、その優れた物性や反応性を引き出す新しい構造の創出を目的に研究を行っています。特に、ケイ素やゲルマニウムなどの高周期14族元素を中心としたπ電子系化合物(多重結合化合物や芳香族化合物)の合成と機能解明を中心に研究を行っています。これらの持つ結合は極めて反応性が高く、容易に多量化してしまいますが、研究室で開発した「かさ高い置換基」(立体保護基)を活用することで多量化を抑制し、室温でも取り扱える化合物として合成・単離が可能です。最近では、立体保護基を用いずとも安定化できる手法を構築しつつあり、新たな展開を目指しています。
 このように、典型元素のもつ「元素特性」の抽出・確立に基づく新しい物質群の創出と機能性材料への応用、典型元素化合物の構造と反応を系統的に理解する包括的概念の開発を通じて、物質科学の発展に貢献することを目指しています。

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