若宮研究室 | 京都大学化学研究所 複合基盤化学研究系 分子集合解析研究領域

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研究内容

Needs Inspired Fundamental Science

  𝜋電子系化合物は、その骨格に基づいた 𝜋電子の共役により、特異な電子的、光学的、および磁気的特性を発現する。これまでに、環状炭化水素、アヌレン、複素環式化合物、およびそれらのカチオン種やアニオン種など、様々な構造をもつ 𝜋電子系化合物が合成され、これらに対するHuckel芳香族性の実証とともに 𝜋電子系化合物の化学が発展してきた。これら 𝜋電子系化合物がもつ電子的、光学的物性に着目し、これらを巧みに利用することで、有機トランジスタ(OFET)、有機EL(OLED)、および有機系太陽電池(OPV, DSSC、ペロブスカイト太陽電池)など、有機エレクトロニクスの開発研究が急速に発展している。本分野は、化学だけでなく、電子工学、応用物理など様々な分野との融合領域に位置するが、有機エレクトロニクスにおける基盤材料は、 𝜋電子系化合物である。すなわち、真に優れた性能を発揮するたった一つの分子の開発が本分野を飛躍的に発展させるといっても過言ではない。その点で新しい物質を創製することができる「化学」に対する期待は大きい。
 これに対する我々の研究アプローチは、求められる物性や機能からフィードバックして考案する「独自の分子設計」に基づいた物質創製である。



   研究スタイルとして図に示すように、特異な分子構造や元素の特性を巧みに利用した独自の分子設計を切り口に、モデル化合物群を合成し、これらの基礎特性評価を通して、 𝜋電子系化合物の構造-物性相関の解明に取り組んでいる。さらに、単に基礎特性の解明に終わらず、自ら開発した材料を用いて実際に太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイスを作製し、その特性評価までも行なっていることも大きな特徴の一つであると言える。

 この分子設計から、合成、基礎特性評価、デバイス作製までを一気通貫で行うことで、材料の電子・光学物性だけでなく、デバイスの安定性や作製プロセスの最適化など、それらの実用化に向けて必要とされる化合物の「Needs」が見えてくるのである。これらのNeedsに目を向けることで、現代の化学および基礎科学における未解決課題や未成技術、未踏領域の研究課題などが明らかになってくる。当研究室では、この「Needs Inspired Fundamental Science」の課題への挑戦を研究方針の一つの柱として掲げる。

 例えば、有機エレクトロニクスデバイスでは、材料は薄膜や固体状態で用いられる場合が多い、その一方で分子のサイズには限りがあり、バルクでの機能発現は、固体状態でどのように分子が並ぶか、つまり分子がどのように集合体を構成するかに大きく依存する。これに対して我々は、固体状態での分子配向・配列の制御法の確立を目指して、分子設計と有機合成の視点から、モデル化合物群を開発する。そして、これらの化合物の薄膜を中心に、様々な分光法を用いて、その電子構造を捉え、分子集体の構造と電子・光物性との相関を明らかにする。この研究サイクルにより、付加価値の高い有機半導体を創出するための基礎科学の確立(指導原理の提唱)に挑戦する。



1. 新規 𝜋 共役系の化学

 では、どのように分子を設計するか?我々の研究の原点の一つは、構造有機化学(Physical Organic Chemistry)と呼ばれる分野にある。 𝜋電子をもつ元素を組み上げ、その結合を介して 𝜋共役系を拡張し、立体的に組み上がる骨格の構造特性を巧みに利用した独自の設計により、分子に望みの機能を発現させる。いわば、「分子建築学」とも言える分野である。実験化学の立場から、その分子は机上の空論で終わってはならず、実際にどのように合成するかを常に考えながら、実質的な分子設計でなければならない。研究者には、軌道相互作用に基づいた電子物性に関する深い知識に加えて、「独創的な発想」と「合成化学力」が求められる。

 我々の研究の一例を挙げる。有機エレクトロニクス分野で用いられてきた 𝜋電子系分子は、強固な平面性の高い分子が多い。これに対して、我々は、トリフェニルアミン骨格の三つのベンゼン環を二つの酸素で架橋することで構築できる「準平面型骨格」を設計した。骨格をあえて少しねじることで、固体中で分子が真上に積み上がるon top型の 𝜋スタック構造を実現できるものと期待した。実際に合成したモデル化合物では、結晶構造中で期待通りの一次元の 𝜋スタック構造をもち、これらは有機ELやペロブスカイト太陽電池の有機正孔輸送性材料として機能する。また、本骨格の連結様式を工夫することで、高い透明性と電荷輸送特性を併せもつ材料も開発可能である。さらに、一つのベンゼン環をナフタレン環に拡張すると、骨格の反転障壁が増加し、キラルな化合物として分離できる。これらは、導入する置換基の電子効果により、青色から赤色までの円偏光発光特性を示すCPL材料に展開することもできる。











2. 元素の特性を活かした機能性 𝜋 電子系の創成

 すべての物質は80数種類の元素からこれらの組み合わせで出来上がっている。様々な元素の原子が結合し分子を形成し、それらが集合することで物質となり、機能を発現する。これら元素の特性を知り、新しい機能性物質を作り出すことが化学の醍醐味である。我々は、これら元素の中でも特に典型元素に着目し、その特徴を活かした分子設計により、機能性有機 𝜋電子系化合物の開発に取り組んでいる。

 お気に入りの元素の一つがホウ素である。13族元素のホウ素は、1)三方平面構造をもつ、2)空のp軌道をもつ、3)それに起因してルイス酸性をもつ、4)光励起状態で高い 𝜋電子受容性を発現するといった、いくつかのユニークな構造的・電子的特性をもつ。我々は、これらの特性をいかに有機材料の機能発現につなげるかという観点から、独自の分子設計コンセプトを提唱し、そのモデル化合物の合成と機能発現の実証を通して、機能性物質創製における「元素の使い方」を示してきた(図)。













3. プリンタブルエレクトロニクス:次世代太陽電池の開発

 現在、我々の身の回りには電子機器があふれ、そのおかげで便利で快適な日常生活を過ごすことができている。これらのデバイスには、半導体をはじめ様々な機能性材料が用いられているが、当初用いられてきた材料の多くはシリコンに代表される無機化合物であった。これらを有機材料に置き換えることで、軽量、小型、フレキシブルといった特徴をもつデバイスが開発できる。有機電界トランジスタ(OFET)、有機EL(OLED)、有機系太陽電池(OPV, DSSC)に代表される、有機エレクトロニクスである。有機材料を用いることで、材料の溶液の塗布、すなわち印刷技術によりデバイスを安価で迅速に作製することも可能になる。

 しかし、従来の無機材料と有機材料を比べてみると、分子設計の観点からも、優れた特性を示す有機半導体材料の開発はそれほど容易ではないことに気がつく。例えば、無機材料は、固体状態で三次元的な結合のネットワークをもち、バルクでの等方的な電荷輸送特性に優れるが、これに対して、有機材料は、サイズに限りのある分子からなり、その電荷輸送特性は 𝜋平面から垂直方向に張り出したpz軌道( 𝜋軌道)の分子間の重なり、つまり、固体状態(薄膜)での分子の集合体の電子・構造特性に大きく依存する。すなわち、優れた電荷輸送特性を示す有機半導体材料の設計では、分子の電子構造の制御に加えて、いかに固体状態(薄膜)で分子を並べて、分子間の相互作用を制御できるか、いわば、「分子集合体の構造・物性をいかに制御できるか」が決定的に重要になる。

 我々は、上述の「構造有機化学」および「典型元素化学」を切り口に、独自の分子設計と標的化合物の合成、および薄膜、デバイスの作製・評価を通して、この重要課題に取り組み、真に有用な材料の開発、分子配向・配列制御法を基軸とする新たな学理の創出に挑戦する。

 

 また、近年、ABX3型のペロブスカイト半導体材料を用いた太陽電池および発光素子の開発研究が注目を集めている。我々は、国内でもいち早く本研究を開始し、これらを用いたペロブスカイト太陽電池および発光素子などの光電変換デバイスの高性能化研究を進めている。ABX3型のペロブスカイト半導体材料は、無機材料でありながら、材料の溶液の塗布により薄膜が作製でき、有機半導体材料との共通点も多い。これまでの研究から、その高性能化には、材料の徹底的な高純度化と、溶液からの結晶成長メカニズムに基づいた薄膜作製法の開発が極めて重要であることが見えてきた。また、得られた薄膜に対して、先端分光測定により詳細に物性を解明することにより、これらの材料がもつユニークな特性を明らかにしてきた。さらには、これらの知見に基づいて、独自に開発した有機半導体と組み合わせることで、デバイスをさらに高性能化することも可能である。

 これらの成果に基づいて、我々は、国内でもさきがけて20%を超える光電変換効率を達成している。2018年には京都大学発のベンチャー企業として、「(株)エネコートテクノロジーズ」を設立し、これらのデバイスの社会実装に向けた取り組みも展開している。









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