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研究内容(Research)

化合物が示す機能は,1分子の一次化学構造(primary chemical structure)から単純に理解することはほとんど不可能です.分子の詰まり方・並び・配向・相互作用を官能基単位で的確にとらえ,明確に絵が描ける状態になって初めて具体的な議論が可能になります.

機能性有機材料を効果的に利用している代表例は,電池や医療材料などに多く見られますが,その大半は分子集合構造を“想像”に任せたまま議論されており,おのずと開発方針に限界があります.

長谷川研究室では,教科書に描いてある絵を妄信的に信じて話を進めるのではなく,いま手元にあるデバイスの化学的素性を詳しく明らかにする研究を行っています.

以下は最新の研究成果で,これまで放置されていた化学的に未解明の問題に,次々に果敢に挑戦してどれも明快な成果を挙げています.研究室のメンバーとして,感受性と知力を思い存分発揮した学生生活を送りたいと希望する学生に,研究を楽しんでもらえると思います.

また,もう少し詳しい研究内容はこちらのスライド2023/4/29更新)をご覧ください.

パーフルオロ化合物の機能発現の分子論的理解

アルキル基の水素をフッ素原子に置換したパーフルオロアルキル(Rf)基は,一般に“撥水性”と考えられてきました.しかし,これは本当でしょうか?

Rf基からなる化合物は,表面撥水性以外にも低誘電率・高融点・溶媒への低溶解性など,フッ化物特有と言われる際立った性質を示しますが,その機構はいまだに闇の中にあります. “特有”と一言で片づけられてきたこれらの性質を“双極子相互作用”という視点でとらえ,統合的な解明を進めています.

(a) Rf鎖の微視的性質と巨視的な機能の関係

フッ素原子は電気陰性度が最も大きい原子であり,Rf鎖のC—F結合は大きな永久双極子をもち,同じく大きな双極子を持った水分子と引き合うことが予想され, “撥水性”という巨視的な物性と一見矛盾します.Rf鎖特有のねじれ構造とC—F結合の大きな双極子を考慮すると,隣接するRf鎖間で効率よく2次元的に凝集することができ, この凝集モデルを考えることで,撥水性をはじめとしたフッ化物特有のあらゆる性質を統合的に理解することができました.

また,この凝集状態をむりやりほどくと,Rf孤立鎖としての性質が現れて確かに水分子を吸着することを,代表的なRf材料であるPTFEテープ(テフロンテープ)のNMR測定により明らかにしました.

Chem. Rec. 2017, 17, 903.
J. Phys. Chem. B 2016, 120, 2538.
ChemPlusChem 2014, 79, 1421.

(b) 燃料電池のキーデバイスNafion

燃料電池を支えるNafion膜も大部分はRf鎖で構成されており,一部に導入されたスルホン酸基と微量な水和水のおかげでプロトンが生成し, “液体の水は通さないが,プロトンは通す”という,燃料電池の分離膜として適した性質をもちます.最近, NMR, 赤外分光法と量子化学計算を用いて, スルホン酸基の水和数に依存する,水和構造や水和水の運動性を評価し,これまでのモデルを訂正する新しい描像を描き出すことに成功しました. 今後,プロトン伝導性にRf鎖が果たす役割にも注目し研究を進めていきます.

Phys. Chem. Chem. Phys. 2015, 17, 8843.
J. Phys. Chem. B 2015, 119, 8048.

有機半導体薄膜の革新的物性制御法の開発

有機化合物を固体基板上に堆積すると,分子が基板に対して特定の向きに配列し,バルクでは見られない特異な機能を発現します.π共役面の積層方向に効率的な電荷輸送を行う有機半導体にとって,この分子の配列(分子配向)がデバイスへの適性を決める重要な要素になります.例えば,有機薄膜トランジスタの標準試料として使われるペンタセンは,基板に対して垂直に配向(End-on配向)することで,膜面内で効果的な電荷輸送を実現します.このような有機材料の二次元の分子集合構造を自在に制御することで,分子の新たな一面を引き出し,新規物性の発現につなげる研究をしています.

有機半導体グループの研究内容は,こちらのスライド2022/5/20追加)にもまとめています.

(a) 選択的配向制御技術の開発

ペンタセンのような剛直な分子骨格をもつ有機材料は,経験的にEnd-on配向を好むことがよく知られており,平行配向(Face-on配向)は取り得ないと信じられてきました.私たちのグループでは,このような“経験に基づいた理解”という名の“先入観”を取り払うことで,分子論に基づいて自在に配向制御を行うための指針を明らかにする研究を行っています.実際に最近の研究で,ペンタセンのFace-on配向膜を実用的な基板上に作製することに,世界に先駆けて成功しています.

Sci. Rep. 2019, 9, 579.

(b) 有機薄膜中で起こる化学反応の制御

有機薄膜の作製手法として,溶液試料を介して製膜を行うウェットプロセスが,少ない試料量で効果的に大面積製膜を行えるため有望です.しかし,有機半導体の構成要素であるπ共役骨格自体は,実質的には有機溶媒に対して溶けないため,ウェットプロセスによる製膜が困難な化合物は数多くあります.これを克服したのが前駆体法という方法で,有機溶媒に対して可溶性を示す有機半導体の前駆体を使います.この化合物の薄膜をウェットプロセスで製膜し,光や熱などによる化学反応を利用して目的とする化合物の薄膜を得ることができます.この反応系では,前駆体から目的物への化学反応だけでなく,それぞれの化合物の結晶化・配向化も起こるため,薄膜の成長過程についてはこれまで全くと言っていいほど何もわかっていませんでした.当研究室の強みであるpMAIRSとGIXDを組み合わせた先端計測により,この難題に取り組み次々に成果を上げています.特に,反応物の薄膜構造を制御することで,化学反応を制御できることを見出しています.

Sci. Rep. 2022, 12, 4448.
J. Phys. Chem. C 2021, 125, 2437.

多角入射分解分光法(MAIRS)を基盤とした薄膜構造解析法の開発

本研究室で開発したMAIRSは,有機薄膜構造解析のスタンダードになるべく急成長中です.MAIRSは,多変量解析という線形代数の応用分野が生み出した新しい分光法で,本研究室で生まれた薄膜構造解析法です.赤外分光法と組み合わせると,透過法および反射吸収法に相当する結果が同時に得られ,薄膜中の分子配向を官能基単位で定量的に評価することができます.この手法の原理的な部分はほとんど完成していますが,使い方の点においてはいまだ多くの可能性を秘めています.例えば,最近では分子配向と化学種定量を同時に解析できる新しい使い方を考案しました.また,MAIRSの可能性をさらに広げた第2世代のMAIRS(MAIRS2)の開発も最近の研究成果で,すでに市販化されています.産業界のニーズに応えるべく,電磁気学的な理論と測定実験を積み重ね,完成へ向けた検討を行っています.

Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 1127.
J. Phys. Chem. A 2020, 124. 2714.
J. Phys. Chem. A 2019, 123. 7177.