研 究
我々の研究室では、高分子の機能や物性を分子レベルから理解するために、中性子散乱、X線散乱、光散乱などの散乱法や光学顕微鏡、電子顕微鏡、分子間力顕微鏡観察による高分子物質が形成する階層的高次構造やスローダイナミクスをナノメータースケールからマイクロメータースケールの広い空間スケールで調べています。
基礎的研究と応用的研究の両立を目指し、基礎研究としては複雑液体、ソフトマターの科学を、応用的側面からは高分子高次構造制御の指針提示を目指しています。
基礎研究において、平成20年春に稼働を始めるJ-PARCの中性子線やSpring-8等放射光X線散などを用いた新たな量子ビームソフトマターサイエンス分野を立ち上げることを1つの目標としています。
高分子結晶化機構と高次構造形成
多くの高分子材料は結晶化させて利用されています。そのため高分子の結晶化の研究は古くから行なわれています。我々の研究室では高分子の結晶化機構をいろいろな観点から調べています。特に、結晶核生成以前に非晶状態から生じる結晶前駆体の結晶化機構における役割について注目しています。例えば、結晶化誘導期にスピノーダル分解支援による配向構造、流動場に誘起される配向構造、アイソタクチックポリプロピレンの急冷によるメゾ相などです。これらの結晶前駆体の役割を明らかにし、新たな結晶機構の解明や新奇高次構造を創製していきます。
【 テーマ 】
高分子のガラス転移機構
高分子が固化する時は、結晶化するかガラス化するかのいずれかです。高分子では100%結晶ということはありえず、結晶領域と非晶領域が混ざった状態で利用されます。その意味で、ガラス転移機構の解明は、結晶化と並び非常に重要です。我々は準弾性中性子散乱や静的・動的光散乱によりガラス中の構造やガラス転移機構を調べています。ガラスが作る構造やそのダイナミクスを明らかにすることは、結晶前駆体の役割を解明するためにも、また前駆体の構造を制御するためにも重要です。
【 テーマ 】
高分子ゲルの階層構造と生成機構
高分子ゲルは、生体物質や食品にも多く見られ我々には馴染みの深いものです。合成高分子で作られるゲルも衝撃吸収材や有用菌の培地などに多く用いられていますが、最近ではドラッグデリバリーシステムや物質分離膜などとしてより機能性の高い利用を目指して研究が進められています。我々は、特に水溶性で生体親和性が高いポリビニルアルコール(PVA)のゲルに焦点をあて、その階層構造をオングストロームからマイクロメータまでの広い空間スケールで明らかにし、その生成過程を解明しています。また、ゲルの外場応答を決める動的特性に着目し、そのメートルスケールの運動を中性子スピンエコー法を用いて調べています。
【 テーマ 】
高分子電解質溶液の構造
高分子電解質は多くの電荷を持ち、その静電相互作用のために中性高分子では見られない特異な挙動を示します。その中の一つに高分子電解質水溶液を希釈すると還元粘度が急激に増大するというものがあります。これは静電反発で高分子鎖が伸びるためであると以前は考えられてきました(教科書にもそのように書かれています)。しかし、これは間違いで高分子間静電反発のためであることを、始めて明らかにしました。
【 テーマ 】
高分子拘束系のダイナミクスと相分離
高分子をナノメートルスケールの空間に拘束するとバルク状態とは非常に異なる物性を示すことがあります。薄膜状態であるとか細孔に閉じ込められた高分子がこれにあたります。例えば、高分子薄膜の膜厚をどんどん薄くしていきますと、高分子鎖の糸毬のサイズより薄くなりはじめるとガラス転移温度が減少することが最近明らかになってきました。我々の研究室では、薄膜のガラス転移とそのダイナミクス、さらには高分子ブレンドの薄膜での相分離と脱濡れ(dewetting)を中性子散乱、中性子・X線反射率測定、光散乱測定、光学顕微鏡、分子間力顕微鏡観察などの手段を用いて調べています。
【 テーマ 】
装置開発
ソフトマターサイエンスを推進するために、中性子散乱装置の開発や研究室での独自の装置開発などにも取り組んでおります。
- 高速温度ジャンプ装置
- 共焦点超小角光散乱装置
- 中性子スピンエコー装置
- 逆転配置型中性子飛行時間分光器
今後の方向
量子ビームによるソフトマター科学の創成
我々は中性子線や放射光X線などの量子ビーム*を用いたソフトマター科学を推進し、種々の科学的問題に決定的な回答を示してきました。すでにKEKフォトンファクトリーやSPring-8などの放射光X線施設が稼働し、また平成20年春より文科省J-PARCにおける大強度パルス中性子源が稼働を始めます。それぞれの施設は来るべきサイエンスの方向としてソフトマターを掲げています。この動きは米国オークリッジの大強度パルス中性子源SNSや英国パルス中性子施設ISIS等でも同じです。このような状況の中で、日本の中性子・放射光施設が世界のトップに立つためには、量子ビームによる新たなソフトマターサイエンスの創出は不可避であります。この状況を勘案し、我々の研究室では、これまでの中性子、放射光X線による成果を基盤とし、海外施設との競争と同時に協調を掲げ、新たな量子ビームによるソフトマターサイエンスを立ち上げていきます。今後我々が目指す方向とその基盤となるこれまでの成果をまとめます。
- ソフトマターのメゾスコピック構造とその形成過程
複雑なソフトマターの階層構造をナノメータースケールからマイクロメータースケールの広い空間スケールで調べます。また、中性子散乱では重水素化ラベル法やコントラストマッチング法を用い、特定の分子や特定の部位を観測します。今までは、結晶化、ガラス化、ゲル化、ミセル、高分子電解質などを調べてきました。
- ソフトマターのスローダイナミクス
ソフトマターの構造はエントロピーとエンタルピーの微妙なバランスの上に成り立つため、小さな外界の刺激にも応答します。これを理解するには、ソフトマターのスローダイナミクスを理解することが大切です。中性子スピンエコー法や中性子飛行時間法等を用いて分子のナノメートルスケールの運動を調べます。今までは、ガラス転移のダイナミクス、ゲルのダイナミクス、ミセルのダイナミクス、生体物質のダイナミクス、高分子電解質のダイナミクスなどを調べてきました。
- ソフトマターの界面・表面の構造とダイナミクス
ソフトマターの物性はその界面や表面の性質に大きく影響を受けます。そのため、界面・表面の構造やダイナミクスは物性理解には欠かせません。中性子・X線反射率法や中性子飛行時間法などを用いて調べていきます。これまで、高分子薄膜のガラス転移、高分子ブレンド薄膜の相分離と脱濡れ、高分子膜の気体透過機構とダイナミクスなどを調べてきました。
* 量子ビームとは、よく制御された高品位の中性子、放射光、レーザー、イオンビームなどの放射線を「量子ビーム」と呼び、量子ビームによる新しい科学技術の発展、産業利用促進などが期待されている。平成17年10月閣議決定された原子力政策大綱には、「近年の技術革新により、加速器、高出力レーザー装置、研究用原子炉等の施設・設備を用いて、高強度で高品位な光量子、放射光等の電磁波や、中性子線、電子線、イオンビーム等の粒子線を発生・制御する技術、及び、これらを用いて高精度な加工や観察等を行う利用技術からなる『量子ビームテクノロジー』と呼ぶべき新たな技術領域が形成されてきている」と述べられている。
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